裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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新宿創世記 ~関東尾津組と闇市~
「真実の日記」(日本テレビ系)の闇市セクション
補足的グラビア記事(サンデー毎日・毎日新聞社)のテキスト公開。

CloseUp3.jpg



新宿の歴史を語るときに外せない住人がいる。
新宿の繁栄に貢献したテキ屋の大親分、尾津喜之助という人物である。
有名な「光は新宿より」というスローガンを掲げて、
戦後復興に尽力した関東尾津組の親分である。

現在の伊勢丹のある場所には都電の操車場があった。
その横の空き地で露天商を集めて尾津は闇市を主催した。
尾津マーケット(新宿または竜宮マーケットとも呼ばれた)である。

食料や物資が乏しかった終戦直後、
都民の腹と欲望を満たしたのはこうした闇市なのである。
食料、生活用品、舶来品…、手に入らない品物はなかった。

その秘密は、全国の裏稼業のネットワーク。
現在でも、暴力団が全国各地に支店や営業所を持つ
日本最大の総合商社であるとされるゆえんである。

新宿の闇市は当時の地元組織によって区分けされていた。
そうした庭場(縄張り)は、
当時の警察署長の立会いの下で決定されたと聞く。
警察力が不足した時代の治安維持を任されたのが尾津喜之助である。
こうして尾津は新宿の裏面に君臨することになる。

尾津はヤミ商品の公定価格を破壊した。
大量に仕入れて適正価格で販売した。
街商からも販売に応じて会費を徴収した。
新宿の闇市は紛れもなく戦後の「楽市」だったのである。

買う側だけでなく売る側にとっても、尾津の存在は、
敗戦から立ち直ろうとする人間たちの象徴的な存在であった。
のちに尾津の人気は次次点で落選することにはなるが、
衆議院議員選挙で二万三千票を集めることになる。


しかし、時代は尾津を切り捨てた。
闇市の土地は無断使用であった。
尾津は不法占拠で訴えられることになる。
経済が復興し、土地の値段が跳ね上がると、
闇市も尾津も邪魔な存在となったのである。
一連の立ち退きで、街商が押し込められた場所のひとつが、
現在の新宿ゴールデン街でもある。
関東尾津組の解散とともに戦後は終わった。

しかし、新宿、とりわけ歌舞伎町は、
この時代のエネルギーをいまだに持ち続けている。

高度成長期には企業戦士が明日の活力を手に入れ、
学生運動やヒッピーの時代は、
さまざまなサブカルチャーや情報を発信し続けた。
ディスコブームが巻き起こると、
不良少年や家出少女が歌舞伎町に溢れた。
風営法が改正されて、新型風俗の街となると、
新しい業態やスタイルが歌舞伎町から生まれた。

高級クラブ、キャバクラ…、現在はホストブーム。
歌舞伎町のホストクラブは200軒とも300軒とも言われる。
時代とともに…さまざまな変身を遂げた街。
そして今も強烈なエネルギーを放出し続けている街でもある。


(C) SHINSHUN / 毎日新聞社 / 歌舞伎町ペンクラブ



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以下は、シリーズ連載「歌舞伎町の侠(おとこ)」(劇画マッドマックス・コアマガジン)
~歌舞伎町を創った男・鈴木喜兵衛~の新宿創世記の闇社会事情を語ったセクションの再載です。

……歌舞伎町の創生の裏事情、中国人華僑(老華僑)や半島出身者を語ったのちに、
もっと裏事情(笑)を勢いに任せて列記した部分。

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新宿は武州小金井生まれの侠客・小金井小次郎の縄張りであった。
名主の息子であった小次郎は幕末の名侠客・新門辰五郎の舎弟となり、
時の権力者・徳川慶喜から源氏の「二引き紋」を与えられた。
表紋が辰五郎、裏紋が小次郎。

のちに小次郎の系譜を継ぐ小金井一家が、
その後に所属した二率会(平成13年に解散)の
名称の元となった歴史の裏である。


その小次郎の身内であった平松兼三郎という親分が、
小次郎の持つ広大な縄張りの新宿一帯を仕切った。
新宿に最初の映画館「美松館」を建設し、
街づくりに貢献した親分でもあった。

平松の舎弟には、
のちに熱海の縄張りを稲川会に譲る海老沢文太郎、
銀座に進出して一家持ちとなる篠原縫殿助。
平松の後に新宿を受けた市川三吉と田中松太郎、
市川の実弟の丸吉と亀吉、
甥の正芳はのちに綱島の顔役となった。
小金井一家からもこうした多くの名侠客を新宿は生んだ。


稼業違いである的屋からも多くの名侠客が生まれた。

関東飯島一家の小倉米三郎、
その二代目である尾津喜之助。
「光は新宿より」というスローガンで復興に尽力し、
のちに衆議院議員選挙で二万三千票も集めた(次次点で落選)親分でもある。

同じく飯島一家倉持分家の渡辺末男。
新宿議会議員を務めることになる東京早野会分家の安田朝信。
野原組の野原松次郎、
和田組の和田薫、
のちの神農界の最大組織・極東会の礎となる桜井一家の関口愛治。

…などの有名親分を生んだ街でもある。

新宿は彼らの手によるヤミ市から商業の街として栄えた裏面もある。
新宿のヤミ市は尾津組、安田組、和田組など…。
その勢力争いを仲裁し、縄張りを線引きしたのは、
実は当時の警察なのである。

その境界線にある横丁は、
「殺人横丁」と呼ばれるくらいに刃傷沙汰が絶えなかった。

万年東一、加納貢…に代表される戦後の愚連隊の台頭で歌舞伎町裏社会も戦国時代と化したこともあった。

01_04.jpg


こうした侠たちも街を作り上げるパズルの重要なピースとなった。

百花繚乱のアンダーグランドたちと、
歌舞伎町を作り上げた華僑たちは上手く付き合った。
アンダーグランドたちを制したのは、暴力ではなく金と力であった。
資金だけでなく、彼らのレストランなどから多くのヤミ物資がこうしたヤミ市に流れたのも事実である。
詳しくは語れないが、こうした流れは戦犯と呼ばれた日本の黒幕たちが作り上げたシステムでもあった。


(C) SHINSHUN / コアマガジン  協力:塚原晃
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