裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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シノギは削るもの
『シノギは削るものだよ』
 
私にそう言った男がいた。ゲーム屋で知り合ったその男は台湾人であった。


 日本刀は世界に類のない美しさと力強さを兼ね備えた最高の刀剣だ。剣は鋼(ハガネ)に刃入れをしただけの、単なる薄っぺらな一枚の鉄の板ではない。芯鉄とよばれる鋼鉄部分と、それを包み込む軟鉄を巧みに組み合わせ、炎と水で鍛え上げられて造られている。

 その芯鉄と軟鉄の組み合わせは、日本の国技である大相撲の力士が、鍛え抜かれた筋肉の上に、衝撃を吸収する脂肪の鎧を纏っているようなモノかもしれない。

 刀剣の断面を見ると、強度を持たせるために中央部が厚くなっており、細長い五角形になっている。鎬(しのぎ)というのは、この断面の一番厚い部分の頂のことだ。戦さ場では、この一番頑丈な部分である「鎬」を、叩きつけ、削りあい、凌ぎあう。

 よく時代劇で刃先と刃先を鍔ぜり合ったり、弾き合ったりしているが、アレは嘘だそうだ。実戦では相手の刀を極力受けないようにするそうだ。受けても鎬(しのぎ)で受け流すように受けるのが実際であるそうだ。ただそれは立ち合いの場合で、複数の敵との白兵戦となる戦場ではそうはいかない。

 戦国時代の合戦では主な武器は槍の場合が多かった。それは「衝く」「叩く」「薙ぐ」「斬る」と中距離から攻撃できる武器として戦国時代の主流であった。腰の刀を使う場合は、槍が失われた場合か、近距離での白兵戦となった場合、または相手にトドメをさす場合に使用される。トドメは鎧の隙間から身体に刺し込むか、首の頚動脈を断ち切る。その為に使い勝手の良い小太刀や脇差が使用された。

 当然、戦国時代にも打ち刀や大刀はあったが、日本刀が大型化するのは江戸時代末期である。維新刀と呼ばれる大刀が天誅や暗殺に使用された。この頃には道場剣法が盛んになっており、チャンチャンバラバラな世界で、頑丈になった刀剣の鎬を削りあったのも事実である。


 ところで、裏の世界で言う「シノギ」…それは生きていく術。生きていく為には削りあわねばならない。たしかに彼の言う通りだった。裏社会や夜の街では「シノギ」は削るものだ。

 歌舞伎町では、次々と新しい商売や手法が生まれ、古いモノにしがみついているだけの者達は淘汰されてしまう。アングラな業界にも、新しい勢力が生まれては、弱いモノから消えていく。油断していればあっという間に喰われてしまう。

 この街は、澱んだ行き止まりの川のように例えられるが、実はそうではない。新しい水が次々と流れ込んでいる。それもとんでもない毒水が…。その台湾人に出会ったのは昭和の終わり。


 彼が台湾から歌舞伎町に流れ込んだ、とんでもない毒水だったことは新聞で知った。


……彼はのちにピストル楊と呼ばれた。

彼の正体は、又、別の機会で……。

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