裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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10年前 ~歌舞伎町ビル火災事件の夜~
ご無沙汰です。
密接交際者ならぬ密着取材者の神峻です。
まぁ、色んなことが起きていますね。
これを効かせないワシもワシなんだが(笑)


ところで、


……忘れてはいけないはずなのに。



某局に電話でコメントを求められて気が付いた。

10年が経っていたのだ。


私にとっては転機となり、
トラウマとなった夜だった。


歌舞伎町ビル火災事件。


その日、私は歌舞伎町の友人の店にいた。
でも、その店に友人はいなかった。
前日に失踪していたのである。

水商売時代に一緒に働いた先輩でもある。
私を歌舞伎町に誘惑した人間だ。
横着な私はタメ口の呼び捨て。
それを許してくれる友でもあった。

紹介してくれたのは、…たしか、
コント赤信号の小宮さんか石井さんだったような。
所属する劇場…と言っても裸のオネエちゃんが踊る劇場だが、
彼らは渋谷道劇、私は新宿ミュージック出身と姉妹館のような関係。
友人は彼らと劇団養成所の同期だったそうだ。

彼が借金を残して消えたのだ。
……店はそのままにして。

奥さんから電話を貰った。
経営を続けることは無理だ。
何より、店に借金取りが押しかけている…と。
それも、怪しげな。

ビルオーナーは知り合いだったので、
私に預けてもらうことが出来た。

とりあえず、私が押しかける借金取りたちの話を聞く事になったのだ。
…で、従業員たちには普段どおり営業してもらい、
私と奥さんは店のカウンターに陣取っていた。

店のオーナーが消え、営業が最後になるかもしれない。
心配したり、面白がったりの客たちで
店は超満員になり、
私は居場所を失って、喫茶店に避難することになった。

携帯電話が鳴った。
『一番街で火事みたいですよ』
歌舞伎町で事件が起きると報せてくれる
花屋の従業員からだった。

ビルから通りに出た際に、
偶然に一台目の救急車が通り過ぎたのである。
頭を押さえた男性が座って治療を受けていた。

火災とは結びつかなかった。
(最初の搬送者だった)

不安だらけの奥さんを残して、
一番街へ走るわけにもいかず、
喫茶店に入った。

ところが、携帯電話が鳴り止まない。
他の
歌舞伎町の住人たちからの続報だった。

『大変なことになりそうですよ!』

私は喫茶店を飛び出した。
一番街へ向かう途中、店にデジカメを置いてきたことに気が付いた。
『記念撮影したい』という店の従業員に貸していたのだ。

知り合いの煙草屋へ走り込んで、
『あとで払う!』
レンズ付きカメラを数台掴み取ると
現場へと走った。

すでにテープが貼られ、
明星ビルには近づけないようになっていた。
黒煙がもうもうと窓から漏れていることが遠くからでも分かった。

実は、歌舞伎町には抜け道がある。
ビルとビルの間を抜ける秘密の道があるのだ。
例えば一番街から区役所通りまで一直線の裏道があるし、
明星ビルの裏手を潜り抜ければビルの前にも後ろにも
右、左、どちらへも抜けられる。

その抜け道を使い、
テープの内側に潜り込んだ。
そんな私を警察官が見咎める。
『あなた、どこから!』

『店に戻るだけだ』
目の前のビルのテナント関係者のフリをして
そのビルに潜り込んだ。
……そのまま屋上へ。
この場所から動けなくなることは覚悟の上だった。
事故現場まで10メートルもない至近距離。

消防車が何台も一番街に進入して来た。
セントラロード、コマ劇前、
緊急車両で埋め尽くされた。
使い捨てカメラで撮りまくった。

携帯電話にウェブ閲覧機能も
カメラ機能も無い10年前。
目の前で起きている事の情報がない。

誰かに電話してテレビなどを見てもらい
情報を得るしかない。
右手に使い捨てカメラ、
左手に携帯電話。

隣のビルの屋上を見ると、
韓国人カメラマンの権徹と
歌舞伎町案内人の李小牧。
目の付け所はほぼ同じ。

次々と被災者が運び出される。

すでにカメラを使い切ってしまい、
事の成り行きを見守るしかなかった。


気がつくと夜が明けていた。

白々とした上空を、
何台ものヘリコプターが舞っていた。


屋上へ登って約6時間半、
私は地上へ戻った。

知り合いの警官が居た。
要救助者全員が死亡したことを聞いた。
……44名

(火災発生時に飛び降りて避難した3名は助かっている。そのひとりの搬送を目撃したことになる)

その事実を知り、言葉にならなかった。
目の前を運ばれていった人たち全員が…。

私は現場を離れることが出来ずに
いつまでも呆然としていた。


歌舞伎町人としての
トラウマとなった。


奪い取るように手にした使い捨てカメラ
ピンボケ、露光不足、手も震えていたようだ。
使い物になる写真は数枚しかなかった。
どうしようもない間抜けだ。

物書きとしての意識、
その転機にもなった。


…ちなみに、
置いてけぼりになった友人の奥さんのために、
店の後始末を全て請け負うことにになった。


それが10年前の今夜だ。


鮮明な映像となって脳裏に焼き付いていること、
なぜかスッポリと抜け落ちていること、
そんな6時間半。
断片を走り書くことしか出来ない。


これが10年後の私だ。




忘れてはいけないはずなのに……。



ご遺族の皆さんの苦しみと悲しみ、
…そして、あらためて、
犠牲になられた皆さんの
ご冥福をお祈りいたします。



(C)SHINSHUN


あの時の友人…、今もどこに居るのやら。




PS:
この事件はともかく、最近の事件に関しては喋りまへんでぇ~~~っ!
↑分かる人だけ。ほんの数時間だけ晒して削除しましたけど。

「唐田知明」がYAHOO!の検索ワード急上昇ランキングの25位(8/30)になっていた。
ひょぇえええ~~~~っ!
杉浦三六は? ブフフフフ
(各メディアの皆様、「さんろく」でも「みろく」でもなく、「みつむ」でっせっ! アホ!)



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