裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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封印された原稿 ~愛甲の日々~
WBCが行われている。
野球を見ていると、私はひとりの英雄を思い出す。
…愛甲猛、甲子園のヒーローだ。

これは、プロ野球再編問題で日本中が、ライブドアだ、楽天だと大騒ぎし、
日本プロ球界初のストライキが行われていた年の原稿である。

ホリエモンは、まだ太陽の下、己のその野心に目覚めた頃、
ナベツネも、まだオーナー会議の一番高い座布団の上に、ふんぞり返っていた頃。

某誌の依頼原稿であったが、
私はこの原稿を封印した。
理由は、彼の妻の顔を見たからに他ならない。

時が経ち、その封印を解こう。
2004年秋の原稿だ。

当初のタイトルは以下であった。

俺は野球バカの成れの果て!! プロ野球界リストラ秘話
「プロ野球再編問題」の陰で選手会が危惧し囁かれる…もうひとつの問題。
戦力外通告!引退!リストラ!プロ野球選手に迫りくる現実


原稿には、その頃のプロ球界の現状が綴られている。
その部分は改稿削除した。



……私はこの原稿に新たなタイトルを付けた


「愛甲の日々」



※…Junpeiさんからメッセージを頂きましたが返信が戻ってまいりました。
   『ご推察申し上げます』 BY 神峻 08・06・17

…以下、原稿。

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封印された原稿 ~愛甲の日々~


平成の怪物と呼ばれた西武ライオンズの松坂投手の出身校である横浜学園(当時は横浜高校)。
彼は二度も甲子園へと導き、エースで4番という圧倒的な力で優勝させて、
母校を野球名門校に押し上げた男だった。

その甲子園の星はドラフト一位となって、
ロッテオリオンズ(当時、現在は千葉ロッテマリーンズ)に指名され、
鳴り物入りで入団した。
その後、投手から打者に転向し、中日ドラゴンズに移籍した。
しかし、ドーピングで肉体改造に失敗。戦力外通告・引退を余儀なくされた。
通算成績2割6分9厘、108本塁打、535試合連続フルイニング出場はパリーグ記録であった。

彼は引退したスター選手で組織された「マスターズリーグ」でも活躍し、
スター選手のオーラを放ち続けた。

しかし、いつしかスキャンダルにまみれ、
雑誌の発言が元で裁判沙汰まで起こした。


男の名前は愛甲猛(あいこうたけし)
自らを野球バカの成れの果てと呼んだ。



「国民的スポーツ」と呼べる野球の世界で、
野球少年が夢見るプロ球界は、
一部の才能あふれる人間が到達する頂点である。
日本の野球人口のほんの一握りが辿り着ける厳しくも狭き門なのだ。
スター選手になれば高収入が約束される世界だ。
しかし、狭き門の向こう側は、 
平均プロ在籍年数9.2年、平均引退年齢29歳。
毎年約70名が引退または戦力外通告されるという
「現実」が待ち受けている世界でもある。
29歳といえば一般社会では企業の原動力となり、
責任ある立場に置かれはじめる年齢である。
プロの世界から放り出された時に、子供の頃から頂点を目指し、
野球一筋だった男たちに何が残るのだろうか?
引退したら指導者?球団職員?解説者?タレント…? 
それらはもっと狭き門だ。
野球界にはアマチュアとプロの確執があるという。
プロ選手の誰もが通過する高校野球の世界にも、
「高野連」という「長老会議」が存在しているのだ。
引退した技術も経験も豊富なスター選手が、
名門校の監督として指導している例はない。
某TV局で『故障したスター選手が、少年野球の監督として再起する』
…そんなドラマがあったが、現実ではありえない話だ。
結局は一般企業に再就職して、普通の人間として、
ゼロからスタートして行かねばならないのだ。
長引く不況に、高い完全失業率、街にはホームレスがあふれているという世の中だ。
野球しか経験してこなかった引退選手に、再起は容易であろうか?
もがいた挙句に社会から離脱する者も出てくる。
それがたとえ甲子園を沸かせ、プロの世界でスター選手となった男でも……。


私はひとりの男を思い出していた。



何度目かの台風だろうか・・・?
あの日は、かつて彼が活躍し、
彼の恩師とも呼べる落合監督が采配する中日ドラゴンズが優勝した翌日だった。
私は雨の中を千葉県の某市に「愛甲猛」を訪ねた。
プロ野球再編での選手のリストラ問題についてコメントが欲しかったのだ。

総武線の某駅から延びる街道沿いに自宅はあった。
一階はスナック居酒屋、引退直後の彼が経営していた店だ。
すでに他人の経営する店となっているようだ。
横には販売店。2階部分が彼の住居だ。
駐車スペースにはバスケットのゴールが設置されていた。
それを見ると思い出した。

『今度、子供のバスケットの試合なんですよ。一緒に行きませんか?』
彼は嬉しそうに子供のことを語った。
スポーツマンの彼の血を受け継いで、なかなかの選手だと目を細めた。
ワタシは『息子さんは野球やらないの?』と彼の淋しそうな顔を想像して言った。
しかし彼は『僕はバスケットも大好きなんです。スポーツは何やっても爽快ですよ。』と、
嬉しそうな顔を見せた。
MBAをテレビ観戦しながら、何気なく交わした会話を思い出していた。


『愛甲猛って、知ってるか?』
お笑いコンビで現在は本業の他にも、役者、雑誌連載で活躍するゆ~とぴあのピースが言った。
彼は人生最大の恩人のひとりである。
叩かれ、鍛えられて今の私がある。
聞けばVシネマの撮影現場でファンですと懐いてきたらしい。
『お前、面倒みてやれ。』そう言われた。
断われるはずもなかった。
しかし、私は野球音痴である。
少年時代に町内野球でエラーして負けて以来、
トラウマになっているスポーツである。
スポーツ関係といえば、
せいぜいサッカーの広報誌やワールドカップ関連本の下書き程度だ。
しかも愛甲猛には「問題」があった。

ピースは私の性格を見抜いていた。
「好奇心」が活動の源泉だ。
今までも何人かのタレント再生プロジェクトに参加してきた。
「問題」を繰り返さないことを条件に承諾したワタシは、
何人かのスタッフを招集した。
テレビ、雑誌、Vシネマ…、
愛甲猛の今後の活動の場をシミュレーションした。
マスコミ関連へのリリース資料を用意し、
野球関係物を取り寄せて読み耽った。
こうして「愛甲猛再生プロジェクト」はスタートした。

再生?…そうである。
私の危惧した「問題」
彼は何でもないことから「事件」を起こしていた。



建物の裏に回ると自宅への階段があった。
私は雨で滑りそうな階段を登った。突然、犬が吠えた。
階段を登りきった玄関の踊り場に、彼の愛犬であろうか?
一匹の犬が私に向かって猛烈な勢いで吠えていた。
これ以上は近寄れなかった。
これだけ犬が吠えているのに、自宅からは誰も顔を出さなかった。
郵便受けに彼の名前と家族の名前が見て取れた。
不在や居留守を考えて用意してきた名刺の走り書きを
何とか郵便受けに押し込んだ。
居留守…? 彼は居留守をしたことがあった。
それが「事件」だった。
吠えてばかりいる犬が彼のように思えた。


平成13年1月、各スポーツ新聞の紙面に愛甲の名前が踊った。
『愛甲猛失踪!』 
新聞報道(一部省略)のままに紹介したい。

『横浜高校のエースとして甲子園で優勝、プロ入り後は勝負強い打者として活躍したタレントの愛甲猛(39。元ロッテ、中日)が、昨年11月中旬から行方不明になり、直後に夫人から警察に家出人捜索願が届けられていることが11日に分かった。理由ははっきりしていない。愛甲が加盟しているマスターズリーグは困惑。芸能活動のマネージメントを請け負っていた芸能プロダクションも心配している。愛甲は昨年11月9日に行われたマスターズリーグの試合に出場。その直後、自宅から姿を消し、所持していた携帯電話も通じなくなり、行きつけの飲食店などにも現れなくなった。出演の決まっていたビデオ映画は代役が立てられ、仕事は全てキャンセル。夫人は「何の話すことがありません」と沈黙。行方が分からなくなって約3ヶ月。友人は「何かトラブルにでも巻き込まれたのか」と心配している。』

これが彼の「事件」と私の「危惧」だった。
その真相は何だったのか…。
彼は現役時代にパワーヒッターを目指し筋肉増強剤を多用した。
メジャーリーグやオリンピックでは禁止されている薬物だ。
引退してからも副作用に苛まれた。
膝から下が異様に膨張し、
まるで象の足のようになってしまうこともあった。
精神状態もおかしくなり、汗が吹き出し激痛が走った。
野球に人生の全てを捧げた結果だった。
仕事どころじゃない身体で彼は耐えた。
…が、そんな状態で上手くいくはずもなかった。
生活が荒んでいった。
彼の出身地である横浜長者町のカジノに入り浸った。
バカラ賭博である。
「現実」から逃げていたのである。
やがてその店にも出入りができなくなった。
彼を助ける友人もいて、横浜で飲食店を経営する友人は、
店を手伝うことを条件に金を貸した。
彼は横浜ではヒーローなのだ。
金を借りることを覚えた彼は、新宿、池袋、六本木…、
歓楽街のカジノで朝を迎えることも多くなった。
これは仕方のないことだったかもしれない。
野球一筋に生きてきて、高校生でスターになった。
周りからチヤホヤされて大金を手にする。
何も知らない子供がそのまま大人になったのだ。
……そして不用品として放り出された。

事実、失踪直前には「母が病気になった」という、
子供がつくような嘘でマスターズリーグの試合を欠場した。
副作用は突然顔を出す。
友人宅で何日も動けない状態になった。
借金の督促も入る。
何もできる状態ではない。
症状が治まり、やっとの思いで自宅に帰った。
直後の失踪報道。
自宅はテレビカメラやマスコミ関係者に取り囲まれた。
愛甲は次々とチャイムを鳴らす彼らに閉口し、
自宅から出ることもなく居留守を続けた。


『聞いたよ。面白いじゃない。』
ヘアヌードのプロデューサーとして名を馳せている芸能界のウラ仕掛け人の高須基仁氏だった。
さすがの早耳だった。
氏は当時KSD事件で世間を騒がせた元理事長の古関忠男氏の著作を手がけていた。
事件の全容を古関氏自ら書き綴った本だった。
出版されては大変なことになる。
多くの政治家の実名が次々と飛び出し、
金の流れや利権の構造を洗いざらい暴露していた。
古関氏の原稿を見たワタシは
「あんた、死ぬよ。」と高須氏に告げた。
事実、出版を阻止しようと様々なアプローチがあった。
怪文書、誰だか分からない電話での恫喝。氏はその渦中にいた。
『やろうよ、暴露本。考えているんでしょ?』
…見透かされていた。 

ピース氏の尽力でオーナーを見つけて愛甲の新事務所を開設していた。
スタッフとして付けてあったライターのA君に
『本やるぞ。執筆している時間がないので、会話の全てを録音しろ。』
と常にレコーダーを回させていたのだ。
その内容は実に面白いものだった。
プロ時代はもちろんのこと…。
高校球児時代の話、金、女、噂話から馬鹿話。
有名選手の下半身話まで録音されていた。

中でも興味を引いたのが球界に蔓延する薬物疑惑。
記憶に新しいアテネオリンピックではプロ選手が大活躍したが、
それ以前の大会に実力あるプロ選手が出なかったワケは?
『ドーピングに引っかかるでしょう』
『アトは金ですよ』
『こんなことが野球の為になる訳がない』
…愛甲は言い切った。 

『いける!』
内容が内容だけに、高須氏が輝いて見えた。
高須ならやる。常に何者かに尾行されていた氏である。
愛甲を氏に引き合わせ出版を決めた。

毎日届けられるテープから原稿を書き、高須氏と打ち合わせをした。 
『でも、愛甲はしゃべらせると面白いねぇ』
最初は口が重いのだが、徐々に饒舌になっていくタイプだった。


『トークライブでも出すかぁ』 
高須氏は月イチのペースで新宿の「ロフトプラスワン」で
トークライブを開催していた。
毎回多彩なゲストやマスコミ関係者を呼び、
テレビや雑誌で話せないネタを話す。
高須氏のストレス発散の場だ。
会場の雰囲気でつい余計なことを話してしまったこともある。

愛甲もやってみたいと言う。
某写真誌の取材も入っていたので、
サプライズゲストとして後半から顔を出すことにした。

取材を受けて口がほぐれていた愛甲は、
メインパーソナリティの高須氏の鋭いツッコミもあり、
思わず止めたくなるようなことを話し始めた。
現役選手や野球関係者の実名を出し、自らの薬物を語りだした。
ドーピング、筋肉増強剤、八百長、借金、博打、失踪、ヤクザ…。

高須氏のトークライブは『ここで聴いたことは門外不出』がルール。
しかし、その話の面白さに会場に来ていた何社かのメディアが飛びついた。
その中の数誌が書いてしまった。
内容は仁義を守って、当たり障りはなかったように思えたが、
掲載された雑誌を見た愛甲は、それ以降、饒舌になることはなかった。
日増しに考え込むことが多くなった。

某週刊誌での発言がもとで係争中でもあったからだ。
精神的なことが原因なのか薬物の副作用も出てくるようになった。
後で分かったことだが、
そういう状態の彼がワタシ達に内緒で通っていた場所は……。


彼が出演したVシネマ原作者の村上和彦氏のお力添えもあり
、氏の作品出演、雑誌、テレビの仕事が入るようになってきていた。
しかし、踏ん張り時以外は消沈気味であった。
『ヒール(悪役)でいくべきか、スキャンダルを消し去っていくべきか?』 
彼はことあるごとに悩んだ。
家族のことがいつも頭の中にあったのだ。


彼が唯一笑顔を持続できるのは、
依頼されてボランティアで少年野球の指導をしている時と、
事務所のテレビで野球観戦している時だけだった。

彼とテレビ観戦している時に驚いたことがあった。
『ここで、代打だな。一球目から振ってきますよ。』
…その通りになった。
『ピッチャー、牽制だよ。だめだ、そんなんじゃぁ! 知らん顔して走るぞ!』
…走った!
予言者のように試合の流れを読む。
『音声を消して解説してみろよ。』
ワタシが言うと、愛甲は音量を絞り解説をはじめた。
予言に加え、局面での選手の心理状態、選手の隠されたエピソード。
アナウンサーが横にいるわけではないので、
テレビの解説とは呼べるものではなかったが、比較にならないほど楽しめた。
野球音痴のワタシにも、野球というスポーツが十分に理解できる解説だった。
ワタシは愛甲の横顔を見つめた。
『この男は本当に野球が大好きなんだ』
…同時にこの才能を活かしきれないことに同情した。


事態を察した高須氏が提案した。
『野村さんに会ってみる?後見役になって貰おう』
高須氏の初小説「散骨」の出版記念パーティーに、
野村監督が出席するので引き合わせるというのだ。
同時に愛甲の出版の発表をしたいという。
当時、野村監督は夫人のバッシング騒動の果てに、
阪神タイガースの監督を辞任し浪人の身であった。

監督は、当時の自身の境遇と愛甲を重ね合わせたのか?
笑顔で迎えてくれた。
両肩を抱き『がんばれ!』と愛甲を元気づけた。
野球人は体育会系だなぁ…と、シミジミ思わせるくらいに、
愛甲は感激し、緊張して言葉もしどろもどろであった。
大きな身体を小さくして、野球少年に戻ったように夫妻の傍らにいつまでも立ち続けた。

私も励ましで何人かの人脈を引き合わせた。
偶然ではあるが、懇意にしていただいていた事業家のO氏の関連企業の代表が、
横浜高校野球部の同期であったのだ。
ふたりは旧交を温めた。
大の中日ファンの会社社長の誕生会に呼び、
特徴あるマフラーの某大物俳優にも引き合わせた。
大手プロダクションのプロデューサー、
人気ドラマの制作会社社長…。
彼らとも食事を重ねた。
念願だった野球指導者の仕事も入り、順風満帆に思われた。


日本テレビの人気バラエティ番組『壮絶バトル・花の芸能界』
その年末特番の出演依頼が来た。
出演者が暴露しあったり、今だから裏話を公開する人気番組だ。
担当ディレクターと打ち合わせをし、
番組で使用する愛甲のビデオの編集も終わった。

しかし、彼に貼り付けてあったA君から問題が報告された。
『何日も電話に出ません』 
慌ててプロダクションに駆けつけた。
数日前に自宅に「これから帰る」と連絡があったきりだという。
A君を自宅へ向かわせた。
『連絡だけは必ず入れる人なんですが』
夫人は心配そうな顔であったとA君は報告した。
遅くなり自宅に連絡している愛甲をからかった事もあったほどマメな男だった。

『何か分かったら、お互いに連絡取り合いましょう。大事な時などで、くれぐれも内密に…』
事件に巻き込まれていないか?
私は警察・消防関係の知人やウラ稼業の知人にまで探りを入れた。
何も引っかからなかった。


数日して夫人から連絡があった。

『もう、芸能活動はしない。携帯は無くしたから、こちらから又連絡する。』
…彼からの電話があったそうだ。
続けて謎のメールが来たという。
“この携帯を拾いました。勝手に使わせてもらいます。”

…分かりやすい嘘だった。

収録日まで日が迫っていた。
密室で行われたトークライブと違って全国放送の人気番組だ。
収録モノで編集可能な、放送できる許容範囲の暴露話だから…と、愛甲には言ってあった。
放送後の家族のことを考えたのか?
だとしたら自宅には戻る。
薬物の副作用なのか?

…まさか?
その「まさか」だった。

私の脳裏を掠めた、ある出来事があった。
『歌舞伎町の駐車場に車を入れたら、財布を忘れて出せない。お金を貸してもらえないでしょうか?』
愛甲の連絡で駆けつけた事があった。
駐車料金は1万6千円。
丸一日停めてもそのような金額にはならない。
事情を聞くが、簡単な嘘なのですぐに見破った。

『何をしていたかは聞かない。今回はイイが、何かが分かったらオレは降りるよ。』 
駐車料金以外にも金を渡すと、彼は必死に取り繕った。
ワタシの厳しい目をまともに見る事ができなかった。
そしてうつむいたまま顔を上げなかった。
その時の本人の様子から、反省したものだと油断していたのだ。


担当ディレクターには内々に事情を説明し理解してもらっていた。
結局、収録当日のギリギリまで待って番組出演をドタキャンするしかなかった。


……彼はこれで終わった。


嗅ぎ付けたスポーツ新聞によって再度の失踪が世に出た。
これは高須氏が「暴露本」を売るためのヤラセだという芸能レポーターまでいた。

高須氏は自ら出版をお蔵入りした。
『僕の中ではY高の星ですよ。』
彼はそう苦笑いした。


収録当日は三重県の津市で少年野球の指導をしていた事が確認された。
業界で犯してはならない二度目の間違いを、
好きな少年野球の指導で誤魔化していたのだろうか?
自宅に戻らず、Vシネマで知り合った友人俳優の部屋に篭っていたのだった。
ワタシ達の捜索に対し、彼に嘘までつかせて…。


主のいなくなったプロダクションには、新聞報道で慌てた金融業者が連日現れた。
金額は3万、5万、10万…。
博打だった。
笑ってしまうくらい悲しかった。

ワタシ達が取り持った人達にも、分かりやすい嘘で金を借りていた。
その中のひとりで前述の野球部同期はこう言う。

『僕はベンチにも座れない選手だったのに、タケちゃんは分け隔てなく皆によくしてくれた。ウチは貧乏で就職の為に運転免許を取らなければならず、困っていたら、契約金の中からポンと出してくれた。
あれよあれよとスター選手になり、返す機会を失ってしまった。だから利子を付けて返したと思えばいい。彼を悪く言わないで下さいよ。僕は中途半端な才能だったから、今こうして普通にしていられる。タケちゃんがああなったのは、野球が天才的に上手かったせいですよ…』 

20年かけてヒーローとなったアテネオリンピック高校教師アーチェーリーの山本博さんはふたりの同級生でもあった。

野球部同期の彼は、こう言って話を締めくくった。
『おかげで夢を見られた。感謝しています。彼は今でも僕たち仲間のヒーローですよ』 



雨の中、犬に吠えられながらワタシは想いを巡らせていた。
しばらくして傘をさした夫人が帰宅した。
ワタシは夫人とは初対面だった。
挨拶をし、プロ野球再編でのリストラ選手問題のコメントを求めにきた旨を告げた。
お蔵入りの本のことを考えていた。

続けて夫人に言った。
このタイミングでもう一度彼が再起する気があるのなら、
手助けをする用意があると伝言して下さいと。

その瞬間、彼女は顔を曇らせた。
その表情を読み取ったワタシは退散することにした。
夫人はいつまでも見送ってくれた。

ワタシは振り返って、
簡単なことなのに、
最後まで聞けなかった質問を、
彼女に聞いた。

『今、彼は、何を?』

夫人はホンの少しだけ表情を和らげて答えた。

『工場に勤めています。』 




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後日、彼から元気を知らせるメールが届いた。
それは丁寧な文面だった。
彼はやっと「普通の生活」を手に入れたのかも知れない…。


愛甲の雑誌での発言に対する訴訟は「出版社と意志を通じての発言ではない」と棄却された。


野球に人生を懸けた男たちが「球界再編問題」を乗り越えて、第二の人生を歩んでいけることを…。


(C)SHINSHUN
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