裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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一枚の写真
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『娘が、パパだぁ…って、喜んでいます』

ある一枚の写真がある。
先日、亡くなった親分、奥様に差し上げた生前の取材でのオフショット。
写っている親分はいつものヨソ行きの厳しい顔ではなく、
正直言えば、油断して笑っている顔だ。
私のカメラだけに見せてくれた笑顔だ。

写真を受け取った奥様は胸を詰まらせた。
『家じゃ、いつも、子供たちの前で、こんな表情で笑ってたんですよ』
カメラを向けると厳しい顔をする。
こういう写真が一枚も無いから…と、とても喜んでくれた。
奥様はしばらく眺め続けた。
引き伸ばして、遺影の代わりに、自宅に飾りたい。

…そのお礼の電話だった。

もちろん雑誌に掲載採用された写真ではない。
裏側、違う角度ともいうべき写真だ。
原稿を褒められるより嬉しかった。


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私は取材現場に必ずカメラを持ってゆく。
正式なカメラマンがいるのにも関わらず…。
…で、撮りまくっている。

最初の頃、義理場などの取材で、
本職カメラマンや同業者から
『何じゃコイツ?』という顔もされた。

ところが、今では彼らは私を追い回す。
嗅覚?そういえばそうなのかもしれないが、
大勢が集る取材場所で、押えるべき対象の顔を知り、
名前を知り、どういう人物かを知るからである。
話を聞き、裏を調べ、文章にするからこそ…かな?
そういう意味で、私以上の嗅覚(?)を持つのは
カメラマン・中村龍生さんだけだ。
この人はスゲぇ!
【本ブログ記事】 突撃!ヤクザの晩ごはん

…で、ここでCM、入りま~~~す!

4812435269.jpg

雀狼たちの肖像 ~麻雀新撰組とその時代~

…ということで、記事を書いた直後に頂いた
中村龍生さんの新著です。
雀師たちの肖像ですね。
面白いのが麻雀に興じる当時の有名人たち。
横山のやっさん、ジャイアント馬場、アゴの飛び出た島田紳助、借金の無い松本竜介。
ワシが天才芸人だと思う桂小染、アホじゃない真剣な顔の坂田利夫。
美人で若い岸田今日子、風呂に入っていない由美かおる(色ぺぇ!)
完走できそうな欽ちゃん、痩せている西田敏行…、
サングラスすると相手に牌が見えてしまうので
外して、スッピン(?)の井上陽水(こんな顔でしたか~~っ 笑)
…この辺の写真は実に面白い!
それだけでも見る価値はある(笑)


===CM終わり!=====


ある取材の際、私は急に駆け出すと、ある一団へ向かった。
偶然に代紋違いのAという親分とBという親分が談笑しているのを見つけたからだ。
世間では対立していると思われているふたり…。
このツーショットでの笑顔は無い! 私だけが押えた。
…嗅覚といえばそうなのかもしれない。
離れた場所の美味しいご馳走の匂いを嗅ぎ分けるのだから(笑)


お前!文章屋なのに、どうしてそんなことをするかというと、

行き詰まった際に、ボンヤリと取材時の写真を見ていると
脳内で取材風景が再現されてゆくからである。
時には気が付かなかったことまで見つけてしまうことがある。
とにかくその光景や画像を文章に変換する。
・・・ひたすら。ひたすら。
煮詰まった時はそれに限る!
すると何かが見えてくる。

シナリオを書く人は完成された映像を思い浮かべながら文章にするはずだ。
俳優が話す言葉を想像しながら台詞を書く。
スクリーンや画面に写し出されるであろう情景を思い浮かべ、ト書きを書く。

私の作業は、逆の作業をするようなものだ。
保存された現場の空気を文章にする。
写真を見てアナウンサーが実況中継の再現をトレーニングするように? 

だから、キャプションのつけ方にはこだわる。
誰もが見て取れる情景描写は文章にしない。
読者が写真を見て思い浮かべるであろうキャプの先にある情報や裏を書く。

犬の散歩をさせている写真があるとする。
『毎朝、犬の散歩をさせている●●さん』じゃ当たり前過ぎる。
まぁ、分かりやすくて親切だという人もいるが、
『犬と歩く小経の散策、●●さんが大切にしている毎朝の日課だ』…これも普通かな?
写真を見ると分かることは書きたくないのだ。…私なら、
『●●(犬の名前、犬種)は私に似ているような気がして…と微笑む。朝の日課は癒しの時間』かな?

だからこそ、追加取材をする。
『この写真…、犬なんですが』
『犬? 犬のこと聞きたいの?』
私は犬や散歩のことをダラダラと聞く。
…無駄話のように。面白いことにそうした会話は信頼関係も生む。

ところで、私の背中ばかりを追うようになったプロカメラマンはあることに気付く。
『コイツ何を撮っているんだ?…誌面には使えないだろう!』
私は取材の裏側や、よそ行きの顔でない表情ばかりを追う。
正面から追うカメラマンたち…、私は違う角度に立つ。
だって誌面掲載の写真は本職のカメラマンに任せているから。
そこを侵すわけにはいかない。
私が撮影するのは現場の空気の記憶。

ある大組織の会長が入ってくる。
正面から後ずさりしながら連写フラッシュを炊きまくる本職さん。
もちろん、そういう写真が必要だからこそだ。
私がプロの彼らにかなうわけはない。

何枚かのショットを抑えると、私は角度を変える。
その会長を迎える若い衆たちの顔を狙いだすのだ。
時には会長の後ろに回りこみ、後姿のオーラと周囲の情景を押える。

そういうことばかりを続けていると、
いつしか、彼らも私のカメラに「普段」を見せてくれるようになる。
撮ってはいけないものまで、撮影させてくれたりもする。


『掲載できない写真を撮ってどうすんの?』
反論こそしないが、私はこう言いたい。
『使えないからこそ貴重なんだ!』
誰も撮影しないものばかりを撮影している変なライター。

どうしてこうなったか? それには理由がある。

私ははいい映画に出会ったときに
映像から脚本を起こしてみる。
必ずそうする。
私のオタク体質がそうさせるのかもしれないが…。

そういう作品はシナリオ誌や映画誌に
脚本が発表される場合がある。
自分が逆作業した脚本と
本来の脚本を見比べてみる。
答え合わせのようなものだ。

自分の愚かさが見えてくるが、
そこは仕方ない(笑)
それよりも重要なことが理解できる、
脚本家の、監督の感性が見える。
この作業が実に面白いし、勉強になる。
(業界を目指す人はやってみて下さい)

喰えない時代に、そういうことばかりをしてきたので、
私にとって取材時のカメラ撮影はとても大切な作業だ。

取材に付き合う編集部員は驚く。
『あのぉ…、写真ばかり撮ってないで、話を聞いてください。取材をして下さい』
馬鹿かぁ!話は後でも聞ける。この情景は今だけのもの!
話をいい加減にしか聞かないから、相手も追加取材の必要性を認識してくれるんだ。

テープを向けると言葉を選びすぎたり、詰まったり、構える人も多い。
取材されなれている芸能人じゃないんだから、それが普通だ。
『え?あのスチャラカ取材で、いつこんな情報が?こんな原稿が?』

追加取材…、以降の私は異常にシツコイんです。
何度も先方に出向き、何度も電話を入れる。
それは入稿の直前まで続く。

原稿もワード数調整で書き足したりはしない。
私は加筆・追加取材を重ね、いつの間にかワード数の倍以上の文章を書く。
それを削るのだ。それが私のやり方だ。
…たしかに無駄かもしれない。
最初からその文字数を目指して書くのが正統かもしれない。
調整で書き足した部分が、何となく浮いて見えるような気がするからでもある。

その後、散々待たされたはずの編集部員は嫌になる。
ギリギリまで引っ張られたあげく、
レイアウトから、キャッチ、キャプション、全てを指定してくるからだ。
こだわり抜くからだ。
これは完全に編集部員の仕事を侵している。


そんなことばかりしている嫌われ者の異端児でもある。
ある作家先生は『お前、本当に変わってるなぁ』
ある歌舞伎町系は『アイツは完璧主義者だから』と言い放つ。
…あのねぇ、私ほどスチャラカホイでいい加減はいないんですわ。
自分で良くわかっているからこそ、完璧じゃないからこそ、少しでも…と。


本職が好んで読む、ある専門誌編集長が言ってくれた。
『うちでどうですか?ページ空けときますから』
…恐れ多い。
『だってそちらの雑誌はメジャーリーグでしょ? 
俺、マイナーリーグで、好きなフォームでブンブンとバット振り回したいんですよ』
編集長は大笑いした。

分かっている人たちに、
分かっていることを書くよりも、
知らない人たちに、
裏側を垣間見せているからこそ、
少しでも“人間”を、…取材現場の、…人物の持つ”空気”を知らしめたい。
…愚かで、無駄で、馬鹿な野望だ。
それを唯一、理解してくれているお方が…、山平重樹先生?
今では連れ立って取材もするが、
初対面の時に『君に会いたかったんだよ!あの原稿を描いた男がどんな人物なのか!』
歌舞伎町にいた亡くなった伝説のヤクザを書いた記事。
街にいたからこその記事だったが、
『彼に着目したのは凄い』
私の両手を握って激しく揺らす。業界の大先輩…、
こちらがそうしたかったのに、異常反応に驚いてしまった(笑)
……恐らく原点が同じ。
『知らしめたい』『分からせたい』…だけ。


本当に、そんなことばかりしている。
だから貧乏ライターだ。
(浪費も多いしネ。貧乏が最大の労働意欲なんです)

…どうしてそんな裏側をダラダラと書き綴ったかというと、
涙が出そうな嬉しいことがあったからだ。


……そんな取材で撮影した、ある一枚の写真がある。
先日、亡くなった親分の奥様に差し上げた裏側の写真。
写っている親分はいつものヨソ行きの厳しい顔ではなく、
正直言えば、油断して笑っている顔だ。

写真を受け取った奥様は胸を詰まらせた。
『家じゃ、いつも、子供たちの前で、こんな表情で笑ってたんですよ』
カメラを向けると厳しい顔をする。
こういう写真が一枚も無いから…と、とても喜んでくれた。
奥様はしばらく眺め続けた。
遺影の代わりに、家に掲げてくれるそうだ。

もちろん掲載採用された写真ではない。
裏側、違う角度ともいうべき写真だ。
原稿を褒められるより嬉しかった。

無駄な作業ばかりしている馬鹿…、
陰口もあるだろうが、
私はこの作業を続けてゆこう。
そう思った。


私は奥様の喜ぶ顔に学んだ。



本職の皆さん、今後も、邪魔になったり、見切れたりもしますが、
何卒、宜しくお願いします。


(C) SHINSHUN

自然な食材に、仕事のエキスを振りかけて、
…甘酸っぱいドレッシングで。








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