裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
歌舞伎町バラバラ殺人事件
抗争、殺人、爆弾、薬物…ケンカや摘発なども含め、サイレンの音を耳にしないことは一日たりともない街、新宿歌舞伎町。
事件が起きるたびに大勢の夜の住民や酔客たちが野次馬となり、交通整理の警官までもが出動して街は騒然とする。
しかし、この街の片隅で、人知れず、ひっそりと行われ、歌舞伎町の住人たちを驚かせた猟奇事件がある。


平成14年1月、その客たちは新宿のシティホテルの部屋に2日間も篭りっ放しだった。

舞台となったホテルは歌舞伎町に隣接しており、料金も手頃な事から、歌舞伎町の住人たちには親しみのあるホテルだった。
ほろ酔い気分のビジネスマンが酔いざましに仮眠に利用する他、歌舞伎町からは離れられないワケありの住所不定者が長期滞在をしていたり、歌舞伎町で働き始めた人間が生活基盤を作り上げるまでの仮の宿として、時にはネオン街のラブホテル代わりにも使われた。
宿泊以外にもサウナ施設などが充実しており、仕事前や仕事帰りに汗を流す水商売関係の人間も多かった。

ホテルのエレベーターはフロント正面にあり、外出する時は必ずフロント前を通過することになる。
また、土地柄なのか、エレベーター、階段、廊下と防犯カメラも完備されていた。このカメラが備え付けられている事と顔見知りの地元住人が出入りする事が猟奇的な犯行に繋がった。

犯人は数人でそのホテルの部屋に半ば拉致のような形で、ある組員を連れ込んだ。トラブルの原因は女性であった。
組員が主犯の暴力団員の愛人に肉体関係を強要し暴行に及んだ為であった。

話し合いは決裂し組員は惨殺された。
主犯と三人の共犯組員はバスルームに死体を運び込み、近くの量販店で購入した包丁などの刃物や金槌などの鈍器を使い死体をバラバラに解体した。顔を分からなくし、指紋を剥ぎ取り、指を落とした。

惨殺した死体の処理(指紋の処理。胴体は遺棄された)に困って、シノギのラーメン屋台の寸胴鍋で煮崩した手首ラーメン事件も過去にはあった。

極道の刺青は、いわば名札のような意味合いもある。
三代目山口組組長・田岡一雄親分を京都のクラブ・ベラミで狙撃したヒットマン鳴海清の死体遺棄事件は刺青の図案によって身元確認された。

この事件の被害者も刺青を纏っており、組の代紋が肉体に彫り込まれていた。
彼らは代紋入りの皮膚を肉ごと包丁で削ぎ取った。

身元を分からなくされたバラバラ死体は、キャンバス地やナイロン地の旅行カバンなどに分けられて車に運び込まれた。
その時にカメラやフロント前を幾度となく通過した。
車に乗せられたバラバラ死体は群馬県利根川に運ばれ河川敷に投げ捨てられた。

死体運び出しの際にカメラや人目を避ける為にバラバラにしたのだが、結局はその事が犯人特定の重要な証拠となってしまった。
バラバラ殺人の中には平成六年の「井の頭公園バラバラ殺人事件」のように、迷宮に迷い込んでしまった事件もある。

【新宿バラバラ殺人事件】【渋谷兄妹バラバラ殺人事件】はこちら・・・
http://shinshun.blog47.fc2.com/blog-entry-77.html


バラバラ殺人は犯罪発覚を恐れての猟奇的行動だが、極道の世界には凄惨なリンチを加えてもクビを縦に振らなかったが故に、結果的に猟奇殺人となってしまった事件があった。

昭和五十三年三月、高知県の海岸に水死体と思われる無残な死体が発見された。
通報によって駆けつけた捜査員は、その残酷さに思わず声をあげ、やがて首をかしげた。
死体の身元は他県より進出したヤクザ組織の幹部Tで、地元の既存の組織との抗争の真っ最中であった。
ここでも刺青が身元確認の手懸りとなった。
捜査員が首を捻った理由は死体の状況にあった。
死体には顔や首への刺し傷、全身に無数の打撲痕があり、麻縄でミノムシのようにグルグル巻きにされていた。
ところが、抵抗し、もがいたかのように、縄は身体に食い込んでいた。つまり、死亡して縄に巻かれて海に捨てられたわけではないように思えたからだ。

検死の結果、死因は捜査員の読み通り、生きたまま海に投げ込まれて溺死したものであった。
だが、捜査員には疑問が残った。
敵対する組織の邪魔者を消す場合に、ここまで凄惨なリンチを加えるものだろうか?
むしろ一気にカタをつけるのではないだろうか?
この疑問の答えは逮捕された犯人である対立組織の組員から語られた。

Tは対立組織に単身で乗り込み発砲するなどの過激さで恐れられていた。
事件当夜、高知市内で飲んでいたTは対立組織組員数名と出会い、口論の末に乱闘となってしまった。
そのまま拉致されるような形で関係者のアパートに監禁された。
根性者として知られていたMを黙らせ引かせるには徹底的な暴力しかなかった。Tは2時間に渡って暴行を受け続けた。
しかし、Tの口からは命乞いの言葉どころか反抗の言葉しか返っては来なかった。
対立組員は疲れ果て応援を呼んだ。
場所を変えて人気の無い海岸に連れ出し、ここでもリンチを加えた。
しかしTは執念の言葉を吐き続けた。
早く泣きを入れてくれ!と組員たちは次第に恐怖に捕らわれた。
麻縄でグルグル巻きして海水に浸けた。
呼吸の限界まで何度も何度も…。首を匕首で刺した。
海水が血で染まっていった。

それでもTの目は組員たちを睨みつけていた。そして…。

精も根も尽き果てた犯人たちはそのまま死体を遺棄するしかなかった。逮捕者は11人にのぼった。
犯人のひとりは「途方もなく長く苦しいリンチ」「悪夢のようだった」と供述した。

ちなみに身元確認の手懸りとなったTの刺青は奇しくも「ドンを撃った男・鳴海清」と同じ彫り師の手によるものだった。

Tはそれをたった一日で彫り上げた…と彫り師は死体確認で捜査員に語った。
スポンサーサイト
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。