裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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ブログ再開を再開します再開! もひとつおまけに再開! 
ブログを再開します。
実は記述するのに気後れする理由があった。

サボっているうちに多くのお世話になった方々が
続けてお亡くなりになったからだ。

書かなきゃ、書かなきゃ、と思っていると、
ひとり、また、ひとり。
落ち込んで、ため息ついて、落ち込んで、ため息ついて……、
ブログを再開しても追悼文がズラリと並ぶ。
ここでは馬鹿ばっかり書いてきた私が、そういうのはどうなんだろう?と
怠けているうちに、本当に気が重くなってきて、
タイミングをドンドン逃していったのだ。

それだけではない。
……常連読者さんたちのご推察どおり、
理由は、関東連合だ。いや、元関東連合だ。
(そんな団体はねぇ! せめて元を付けなさい。
何でもかんでも一緒くたにしてからに!)

彼らに『オイッ!』と言われたわけでも、
桜田門に『メッ!』と叱られたわけでもない。
だから、安心してネ!

実は六本木クラブ襲撃事件の主犯格のひとりとされる
あの歌舞伎俳優殴打事件の元リーダー。
彼の画像を検索すると、見事に私の記事が出る。
それ以外に記述した関連(←おっ一石二鳥。ダジャレかよ)の過去記事も他のキーワードで出る。
おいおい、世の中には著作権ちゅうもんがあんのやぞ。
そういう具合に、画像掲示板やそこらに貼られている。
ご迷惑をお掛けした皆さんに『検索してみてね』ちゅうのも失礼やし、
どうせ晒されているんだから、……晒しますが、

kanto.jpg
(画像掲示板から著作権者本人が画像拝借するってのも妙な気分です)


この画像のせいか? 
彼の取材時の裏話や印象などを書いてくれという依頼が多く、
さすがに閉口して沈黙した。
お願いしたこと、約束したもの以外は書かない。
特にこんな時に。まぁ、皆さんは読みたいかもしれませんが、
その全てを丁重にお断りしました。
残念ながら、これも僕のルールなんです。
(ようするに小心者なんですね。ヘラヘラヘラ)

この記事が掲載された際に…、昨年の今頃かな、も少し前かな? 
あの工藤会の事始めと物申す独占も同じ誌号だったはずだから。
私は告知すらしていない。なのに晒された。なのに! 何でじゃ!
おかげで彼の逮捕直後に何だか分からないアクセスが増えた。
私のブログには石元クンの石の字、関東連合の関の字すらないはずなのに、
画像記事の署名が仇となり、たどり着く人たち。
コイツは何か書いているんじゃねぇの? ……書いてませんからっ!

……それだけではない。

他の有名アウトロー君と彼が当時揉めていたらしく、
そのアウトロー君の最初の独占も、そのお父さんの最初の独占も私だったから、
是非とも誌上対決をさせて欲しいと出版社やブログ読者が。
はたまたディープでマニアな2ちゃんねらーらしき人(笑)が飛んできたり、
ニコニコ生放送だとかの有名生主(何?誰?何の用?)とか称する輩が!

勘弁してよ! 北芝健さんと亡くなった黒木昭雄さんが揉めていた頃に
やはり誌上対決させてくれとか、審判ジッジをやれとか、好きなことばかり某編集部。
(北芝さんがやる気満々だった!困った人だ)

それ以上に嫌だ! 嫌じゃ! 嫌じゃ! 嫌じゃ! どっちも怖いもん!
フルスィングされたらどないすんねん!(そういう心配は無いが)
先走って書き込んだこと以上に、…ということがあったからです。

ブログを休止しとけば、
そういうのも減るだろう。
いわゆる「乗っかり」や「便乗」が大嫌い!
奥ゆかしい私の美学には存在しないのだ。
実はそんなにたいしたものでもないのだが(笑)

情報提供はお世話になったメディア関係者だけ、
それでも口にチャックするところはチャックする。
皆さん、それを理解してくださっている。…そういう人たちだけ。



ちょっと脱線しましたが、

今まで、ヤクザライターとして
著名なヤクザ関係者がお亡くなりになった際に
正式な追悼記事を雑誌に掲載させて頂いたことも少なくはない。

ヤクザライターが追悼文を避けてどうする!

……ただただ、重なりすぎたのだ。
追悼エピソード文を書き上げる前に、
心から哀悼の意を表して、
お名前だけでも先に列記させていただく。


元五代目山口組・渡辺芳則組長、

元護国團・石井一昌團長、

元東声会・京都支部長、唐田知明さん

稲川会執行部・横須賀一家若頭、井の上孝彦組長

極東会理事長・松山連合会、小澤尚史会長


それでは順番に追悼記事を、
人となりの分かるエピソードを中心に記述したい。

……まずは、次ページから


(C)SHINSHUN



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~五人の追悼文~ 追悼・元五代目山口組組長・渡辺芳則さん  
追悼・元五代目山口組組長・渡辺芳則さん


実は昨年12月2日に「眠り犬」さんというブログ読者から拍手コメントを頂いた。
ありがとうございました。コメントは非公開になっていたので、
要約すると、渡辺組長の追悼文を書かないのですか? というものだった。
このことを、ずっと心苦しく思っていた。

実は私は残念ながら、元組長の渡辺芳則さんにお会いしたことがない。
記者としてではなく個人的な追悼文となると、どのように記述してよいものか……。

私なんぞが決め付けることではないが……、
「波乱万丈の組長」
こう定義できるのではなかろうか?

山口組の跡目を巡って起きた分裂抗争、
極道史上最大最悪の山一抗争だ。

抗争の裏側は、
凶弾に倒れ、抗争を激化させることになる
四代目山口組・竹中正久組長。…その実弟の、
やはりお亡くなりになった竹中組・竹中武組長、
その他、各方面の関係者の皆様にとことんご教示いただいた。
それを改めてグッチャグッチャにかき混ぜたのが、
コミックの「実録ヤクザ伝、竹中兄弟」の最終3巻だ。
(……武親分、もう四回忌かぁ)

抗争で疲弊した山口組を再興するために
山口組五代目を襲名したのが、元組長の渡辺芳則さんだ。
もちろん先のコミックにも山拳組二代目の渡来芳則組長として登場している。
武闘派として山一抗争で闘うも、竹中武組長と宅間勝こと宅見勝組長の間で翻弄される。
そして紆余曲折の後に五代目組長に就任する。
コミックは別の意味で渡辺元組長の波乱万丈の前半戦ということにもなる。

私がジャンルを特化(まぁ、ヤクザライターになるってことですが)させる以前、
あの宅見若頭暗殺事件の当時も、私は歌舞伎町で『いらっしゃいませ』と言っておった。
この事件や暴対法の度重なる改正で、山口組はマスコミ接触を厳禁した。
これこそが「菱のカーテン」と呼ばれるものだ。
「菊」「桜」「鶴」「北」「トゲトゲの某植物」などと同じくらいのタブーとなった。

まぁ、正直言えば、裏口は開いていた。
信頼に値する山口組番のメディア関係者だけは
裏口を潜り抜け、覗き見が出来るのだ。

ジャンル特化の新入生坊主に
その裏口の鍵を渡されるわけもなく、
かんぬきを開ける勇気も無い。

遠くから眺めるしかないのだ。
もちろん張り付き取材で遠目にお姿を拝見したことはある。

そのうち渡辺芳則元組長は病気療養を理由に表舞台に登場しなくなった。
組の舵取りは山口組執行部による集団指導体制に移行したのだ。

これで直接、お会いすることも、
言葉を頂くことも閉ざされた。


平成17年7月末、山口組六代目を現組長である司忍組長が襲名することが決定された。

その後、引退した渡辺芳則元組長は完全に極道社会から去った。
その裏事情、私以外にも専門記者の多くが真実を知っているはずだ。
誰もみな口にはしない。記事にはしない。

私はイタズラ心で、芸能誌だからいいや!と
ヒントらしきことを関係者の噂話という形で記述したことがある。

それを某パチンコ攻略の梁●泊の豊●(松●)会長が偶然にも読んでいて、
名古屋取材の寄り道で、ちょっとご挨拶というか、ご機嫌伺いに行った際に言われた。
『真実を書いたな。すごいな! お前、馬鹿というか、怖いもの無しだな!』(盛ってます)
それ以上に詳しい会長様もスゴイが…。
この会長様、高級クラブで美人をはべらせてもワシとしか話をしない。
もちろんヤクザ談義(笑)。私は、せっかくの高級クラブがぁああああ!と。

何でだか会長様は後日、私を札幌にご招待してくれた。ラッキ~~!(笑)
その時に、某台湾の何とか盟の会長さんに……会った。ブフフ、ラッキ~~~!
(台湾に招待してくれるちゅうてたが、その直後に引退。えぇ~~~~っ!)
実はあれでも、かなりぼやかしているんですけどね。
関係者が読むはずもない、眉唾で下世話な芸能誌だからですよ!
偶然、偶然! 会長様の知っていることと、偶然、同じだったってことで。
捏造好きのヤクザライターが想像で書いたことが、たまたま、たまたまってことで。


……ヤバイので、それはさておき、

渡辺元組長が引退し、たしか半年くらいたった頃、
ある写真が写真誌を飾った。

引退した渡辺芳則さんが
病気のリハビリをしている隠し撮り写真だ。
車椅子に乗られているのは、おそらく持病の通風か糖尿病のせいだろう。

この数枚の写真が業界に大波紋を呼んだ。
『誰が撮影したんだっ!』
紳助騒動のときの山口組最高幹部とのツーショット騒動
(実はスリーショット)……どころの騒ぎではない。
あれ、本当は珍しくも何ともない。その昔、事務所に普通に飾っとったやん!
…らしいということで、……警察だな(笑)

どうやら渡辺元組長を隠し撮ったカメラマンは、
歌舞伎町で普段撮影しているカメラマンという情報だったようで
そのことを突き止めたある組織関係者(山口組ではない)から私に電話が入った。
『知らんか?』
知らなかった。もちろん知ってても言えるわけもなく、
本当に知らないことが幸いだった。
分かったら、どうするつもりなのか? 冗談じゃない!
撮影されたとおぼしき時期に歌舞伎町を離れたカメラマンはいない。
それだけは告げた。


当時、実話誌や写真誌で掲載されていた歌舞伎町事件簿的なグラビア写真。
その撮影をするカメラマンたちの世話役的な存在が私だった。
いつの間にかそうなったのである。

キッカケは、あるカメラマンがネオン街の暗黙のルールを破り、
とあるヤクザ事務所に軟禁された。
それを迎えにいったことがある。
おそらく軟禁したヤクザも、軟禁したものの、
どうすればいいのか途方にくれていたようだ。

別のカメラマンが機材を破壊された際には、
ごっそりと損害賠償金を取ってやった。
(ヤクザを恐喝かよ!違います!)
もちろん黙っててね~~的なお金も取って差し上げた。
そのカメラマンは大喜びで新機種をフル購入していた(笑)

だから私だったのだ。

『組長に調査依頼したのって、名古屋方面ですか? 花隈方面ですか?』

業界関係者はもちろんのこと、ヤクザ関係書籍が大好きの方だったら、
ハハ~~ンとお分かりになると思うが、
名古屋は六代目の司忍組長の出身母体である弘道会のこと、
花隈は元五代目の渡辺芳則さんの出身母体である山健組のこと。
その所在地が、業界用語、隠語というか、呼び名になっているのである。

ちなみに、紳助騒動で有名になった最高幹部の組は布施。
紳助さんじゃなくて、テレビで公然と『布施の恋人』とか言っておった芸能人がいるなぁ(笑)
地元の皆さんは、よ~~くお分かりのはず。一回、組織名を出して『空手の』と誤魔化したこともある。

名古屋なら『いみゃは司親分が当代だぎゃ。引退した先代は過去の人だぎゃ』という理屈のはず。
花隈なら『引退して静かに暮らしとる先々代(山健組の)に、なに波風たてとんねん』という理屈のはず。
それぞれ異なるが、どちらも正統な理屈だ。ごもっとも!
ヤクザライターが承諾を得ずにやらかしたことなら、切腹ものの完全なルール違反である。
そのことは電話の主も分かってらっしゃる。

引退後とはいえ、このように大きな影響力を持った親分であったことだけは事実だ。

『…分かった。知らないなら、どちらかはいいだろう?』
……どの方面かは答えてくれなかった。
それを私に分からせなくするための迂回でもあったのか?
まぁ、正直言えば、その組長の常のお付き合いで、想像はつきますが(笑)

ヤクザライターはその交友関係や盃関係を把握しておくことも大事なのである。
例えば、ある事件を起こしたヤクザがいる。
マスコミや情報漏えいを警戒してピリピリしている、
その所属組織に問い合わせも出来ない。
そんな時は他組織の兄弟分へ……。
『●●さんも、大変ですね、どうなっているんですか? ……心配で』
もちろん盃を飲み分けた兄弟分が詳細を知らないわけはない。
姑息だが、心配する振りして情報を頂く。
もちろん相手の方も、当然、私の姑息さを理解しておられる。…はず。


『ご迷惑をお掛けしたようで・・・』
『へ?何のこと』
その後、元組長を捉えた写真騒動の(ヤクザ業界内部での)、
裏事情を知った出版社関係者からの連絡だった。
何のこと? 何もしてないし、何も知らんし。
忘れた頃の電話だった。

元組長を捉えた写真騒動は、
歌舞伎町カメラマンではなく、
歌舞伎町の至近にお住まいの某カメラマンだと判明した。
それを組長に伝えることもしない。

……どうなったって?
どうにもなっていない。
もちろん出版社にも被害は無い。
そういうことがあったとどこからか情報入手したようだ。

現代社会、人の噂も4…、いや、7日。
後追いさえなければ、一週間もすれば、
次の号が出て、誰もが忘れるスピード社会だ。
熱いものが喉元をすり抜けるのを待ったほうが賢いのだ。

当時、司忍親分は塀の中、
…となれば、実質責任者の髙山清司若頭が名古屋方面か、
渡辺芳則さん自身が花隈方面に告げるなりして
大きな問題にしなかったことが大きいはずだ。
それをさりげなく出来るからこそ巨大な山の頂上に立てるのだ。


……と、いうわけで、
こういうことが、ヤクザライターの周辺では絶えず起きているのだ。

話は大きく外れてしまったが、

山口組の一世紀に渡る歴史のなか、渡辺芳則元組長の五代目体制下で、
規模と陣容、その戦闘力など、最大最強組織の称号を不動のものとし、
ひとつの頂点を極めた人物であることだけは事実だ。

元五代目山口組組長・渡辺芳則さんの
ご冥福を心からお祈り申し上げます。




最後にある書籍を紹介したい。
渡辺芳則元組長に関連する書籍だ。

某ヤング実話誌でヤクザオタクな私が依頼されたのが
任侠関係書籍の書評コーナー『任侠書房』だ。
あまりにもマニアックな選本に、担当編集者は
『勘弁してください!』と悲鳴を上げた。
その中で、私が紹介した一冊の書籍がある。

渡辺芳則元組長が表舞台に出なくなった頃の話が満載だ。
これを紹介し、最後に書評を転載したい。

マニアックな書評コーナーではあったが、
この書籍は世間一般な人々にこそ読んでいただきたい…と思う。


りょうり


山口組組長専属料理人 ~側近が見た渡辺五代目体制の16年~

木村勝美 メディアックス


異例のスピード出世でトップとなり、
16年に渡る長期政権で組員四万人という巨大組織にまで
山口組を成長させた山口組五代目・渡辺組長。
本書は、渡辺五代目から絶対的な信頼を得て、
五代目時代を共に過ごした組長専属料理人の目を通し、
一般では知ることのできない山口組本家の日常、
側近中の側近だからこそ知る渡辺五代目の素顔を明らかにする。

はじめに 組長専属料理人の存在
第一章 山口組本家のしきたり
第二章 渡辺五代目の素顔
第 三章 山口組奥の院の道程
第 四章 宅見執行部への苛立ち
第 五章 宅見若頭暗殺事件
第 六章 花の散りぎわ
あとがき 引退後



以下の書評は(C)神峻

山口組五代目となった渡辺芳則組長の夫人を台所仕事から解放するために、
山口組本家では傘下各組から料理自慢の組員を集め、
五代目組長専属料理人の選抜テストが開催されていた。

五代目出身母体である山健組系傘下組織に所属する主人公の城戸(仮名)は
組の威信を賭けて選抜試験に臨んでいた。
夫人や最高幹部たちが料理の腕だけでなく
人柄や素行までも吟味する厳しい試験だ。

贅を尽くした豪華な料理が並ぶ中、
夫人は素朴な料理に注目した。

『きれいやわぁ、おいしい。あんたらも食べてみぃ』 

トマトと卵の炒め物は城戸の板前修業時代の賄い料理ではあったが、
シンプルながら親分の健康や嗜好を考えたものでもあった。

こうして主人公は組長専属料理人に大抜擢された。
以来十五年、史上最大の極道戦争となった山一抗争を制し、
新生山口組を担うべく五代目組長に推された侠の素顔と日常、
明かされざる本音を見続けることになる。

宅見若頭暗殺事件、中野会絶縁、
……そして、衝撃の組長交代劇。

あの時、あの事件、渡辺芳則は何を決断し、
何に苦悩したのだろうか? 

めまぐるしく変化する五代目体制下で、
専属料理人だけが見ることができた山口組奥の院の実態。
それは封印された歴史、
現在の最高幹部でさえ窺い知ることが出来なかったものだ。

巨大組織の首領に君臨した侠の実像、そして、その後とは?
 
山口組の最深部を著者・木村勝美は
綿密な取材と豊富な資料データを駆使して紡ぎだす。
まさに注目作だ!

(C)SHINSHUN


追記

ブログを心待ちにしていた
今はもう数少ない読者の皆さん。
本当にありがとう。本当にゴメンなさい。

実はブログ更新の直前に、某雑誌のT編集長から、
『最近、ブログ更新してないので…』
と心配の電話を頂いた。いい人やん!
『怠けていると本当に仕事なくなるよ。廃業したと思われるよ!』
そう言っているように、聞こえた。

大いに反省した怠け者は、記述意欲を奮い立たせました。
ありがとうございました。T編集長!
そして「眠り犬」さんに重ねてお礼申し上げます。
やっと御要望に応えることができました


※・・・お亡くなりになられた渡辺元組長は渡世引退されておりますで、
転載記事以外は、あえて「元」と「さん」で敬称させて頂いております。



(C)SHINSHUN

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