裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在
監修・取材コーディネートをさせていただきました。
……観てやってください!

「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在
http://www.ntv.co.jp/v-fever/

(日本テレビ系列・深夜 放送時間変更の可能性もありますので番組表にてご確認ください)

#1 2006年9月9日(土)
#2 2006年9月16日(土)

(番組紹介HPより)

あなたが「真実」だと思っているものも、
視点を変えれば、そこには、また違う「真実」が存在する。
これは、立場や考え方の違う当事者たちが、
それぞれの視点から見た「真実」を記した日記である。

「真実の日記」今回、2週にわたってお送りするテーマは、「新宿歌舞伎町の現在」。

アジア一の繁華街、新宿歌舞伎町に異変が起きている!
街から人は減り、ビルのテナントは借り手が見つからず、何も書いてない看板が目立つ。
一体、歌舞伎町に何が起きたのか?

暴力団と外国人が、歌舞伎町を「怖い」「危ない街」にした!
「浄化作戦」によって、歌舞伎町独特の猥雑さがなくなった!
真っ二つに意見が分かれる、街の住人たち。

歌舞伎町は、どこへ向かうべきなのか!?
その真実を探るのは、3人の住人たち!

歌舞伎町の裏の裏まで知り尽くす、中国人の「歌舞伎町案内人」李小牧
理想と現実の狭間に揺れる「カリスマホスト」手塚真輝
歌舞伎町で生まれ育って25年「歌舞伎町のサラブレッド」杉山文野

3人の住人たちの「日記」が、歌舞伎町の「真実」を伝える!

「ホスト」「外国人」「ヤクザ」
歌舞伎町を構成する住人たちの、知られざる実態とは!?


「新宿愚連隊」「ホストの帝王」
古きよき時代を知る、伝説の住人達が語る「歌舞伎町の本当の魅力」とは!?

「孤高の天才女彫師」
「ガン患者を救った魂のシャンソン歌手」
この街だからこそ生まれる、数々の人間ドラマ!

そこには、一体どんな「真実」が隠されているのか!?
そこには、きっと貴方の知らない歌舞伎町の姿が見えてくるはずです!
[「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在]の続きを読む
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極道たちの新たな門出 ~知られざる放免出迎え事情~
関東の有名刑務所にはこのような看板が掲げられている。
その配役工場はサムライ工場と異名を取り、
ヤクザが多く収容されることで有名な刑務所である。

出所出迎えの者へ

(一)  家族又は保護者六名以内、同乗用車一台以外の立ち入り及び駐車を禁ずる。
(二)  大声高声を発せず静かに出所を待つこと。
(三)  通行人、通行者に絶対に迷惑を掛けてはならない。
(四)  吸殻、空缶、空ビン、弁当の空箱、紙屑当を投げ捨てないこと
(五)  出所者出門後も、この敷地内での集合、出所挨拶、万歳三唱、高声を禁ずる。
(六)  出所後は速やかに退去すること

右各項に違反したときは出所時間を遅らせ、当門からの出所を取り止め、立ち入り者を退去させる等の処置をとる。

●●刑務所


……これは間違いなくヤクザの放免出迎えへの牽制である。
現在ではどの組織も出門の出迎えには一台の車を差し向け、
関係者が待つ駐車場・造成地などや祝宴が開催される会場まで出所者を運ぶ。
そこには多くの侠たちが静かに待ち受けている。
それが現在の放免出迎えの大概である。


ある司法関係者に取材の際に言われたことがある。

『お宅たちはヤクザの放免祝いを良く取り上げるが、
私たちから言わせれば、実にけしからんことだ。
刑を終えて社会復帰したとはいえ、罪を犯したことを静かに反省し、
再犯せぬように心に刻まなければならないのに、
めでたいだの、お祝いだの、頑張れだの、
矯正施設である刑務所の眼前で大声を上げてご苦労様はないだろう…』

この発言から、お上にとって放免祝いは、
大っぴらにやられては困るヤクザ行事のひとつであることは間違いない。

放免の際に交わされる義理と呼ばれる祝い金、
ヤクザ社会では極めて互助的な意味合いが強い。
これすらヤクザの闇経済とされる。
ヤクザの不当な収益であり所得として税務処理されていない…と。
外部からではなくヤクザ社会内部でグルグルと回る共済的な意味合いの強い金銭だ。
社会復帰への互助だ。
そうした義理をヤクザの不当収益?闇経済? 
…分かりきった顔で馬鹿なことを言う人間もいる。


ヤクザの放免祝いは多くの関係者が集まる。
数百人、数千人というものもある。
その規模などは組織力や彼ら独自の大儀によって異なる。
己を捨て組織や正義のために仁義を貫いた者ほど多くの人間が集まる。
それらヤクザ社会の正義は一般社会にはまったくと言って理解されない。
『犯罪は勲章ではない!』
…たしかに、それは正論ではある。

ヤクザの放免は暴走族の集会ではない。
口上を述べ、挨拶をし、その苦労をねぎらい、
今後の稼業人生を誓うという一連の流れは、
『え?これで終わり?』驚くほど速やかに行われる。
侠たちは終わると速やかに立ち去る。
残されるのはその場所を清掃する若い組員たちだけである。
清掃道具、煙草吸殻用の水バケツ、雨の日には大量の傘を用意する。
人目の付かない私有地を借り受け、そこが露地であるために、
地面が荒れないように足元に敷き詰める板をトラックに数台分用意した放免祝いも見た。
こうした彼ら独自の儀礼をヤクザの示威的行為だとする関係者もいる。
夜間や早朝に人目を忍ぶように行われているというのに……。

・・・こういう報道があった。
04年11月のことである。
こういう裏事情を理解していただき、読んで見てください。
普通だったらサラ~~ッと読んで気付かないだろうが、
事情を知ると妙な報道だと思いませんか?


14日午前零時ごろ、御所市小殿の国道24号沿いの採石場跡地で、山口組系暴力団が約1000人の組員らを集め、組員の刑務所からの出所を祝う「放免祝い」を開いていたことが15日分かった。

会合は警察の目を避けるようにして約10分で終了。現場付近は一時騒然とし、近くの住民は「どうしてこんな所で」と不安を隠し切れない様子だった。

県警によると、この暴力団は、神戸市に拠点を置く山口組系の有力組織。御所市を会場に選んだ理由は不明。出所したのは組幹部ではなく構成員らしい。放免祝いの名目で全国各地の傘下組織から資金集めをした可能性もあるという。

住民の話によると、13日夕方から暴力団組員らしいスーツ姿の男らが、現場付近をうろついていたという。本格的に組員らが集まり始めたのは、夜になってからという。近くの主婦(55)は「怖くて外に出られなかった」とおびえた様子だった。


…それでは、業界を知るヤクザライターの私が、
イチイチ揚げ足を取ってみよう。
先の解説も踏まえてお読み下さい。


 『採石場』…街中で1000人も集まると大騒ぎでしょ?遠慮ですよ
 『警察の目を避けるように』って…ちゃんと張り付いていますから! 
 『約10分』…だから、本当に彼らはダラダラしないのです。速やかに解散しますから。
 『会場に選んだ理由は不明』『なんでこんな所で』…だから、遠慮なの! 彼らなりに迷惑を考えているの!
 『傘下組織からの資金集め』…何でもかんでも暴力団の資金源ってのは…、
 『人目を避けた採石場の近くに住む』…誰が住むか? その住民は人目を避けて住んでいるのか? 
 『午前零時頃』…だから夜(午前零時)ってのは遠慮なの! 怖くて外に出られないって…、主婦が夜中の零時に出かけるか!


…まぁ、垂れ流し報道とは、こんなもんですよ(笑)
歌舞伎町にゲソを漬けた日 (あえて漬けたと…)
モノには変って良いモノと
            変わって欲しくないモノがある。



新宿歌舞伎町では次々と新しい商売が生まれる。
住人の顔ぶれも目まぐるしく変わる。
まぁ、それは変わっていいだろう。
この街が混沌としたエナジーとバイタリティの街だからだ…。

しかし、それを認めつつも、絶対に変わって欲しくないモノがある。

街の「景色」となったモノたち、
「顔」となった人間たちである。

よく利用させてもらう歌舞伎町の有名喫茶店である「パリジェンヌ」「上高地」そして、職安通りの「ニュー山」が、示し合わせたように同時期に閉店またはリニューアルした。

「パリジェンヌ」は喫茶コーナーを4分の1にして
(それでもソノソコの広さの堂々とした喫茶店だろう)
おしゃれな食材の並んだ明るい食品スーパーに変わり、
現在は薬物…いや失礼、ドラッグストアになった。

表歌舞伎町の中心がコマ劇場前広場なら、
裏歌舞伎町の中心は多くの凶悪事件の舞台となった風林会館周辺だろう。
この店は間違いなく世界じゅうのドコよりも危険で不幸な喫茶店だった。

そうした場所に新たな歌舞伎町の「顔」が出来た。
存続すれば、歌舞伎町が様々な住人や色々な商売を飲み込んできたように、数年後には…この薬物ストアもいつかは歌舞伎町になくてはならない「景色」となることだろう…。



さて、私が歌舞伎町にゲソを漬けた日のことを書こう。
…以来、ドップリ漬かってしまったので…あえて、漬けたとさせてもらいます。


芸人あがりの構成作家くずれ(クズですネ)で、フラフラしていた20代の頃(まだ「不夜城」もあった頃)
この街に「生活」を求めたワタシは、真夜中の「パリジェンヌ」で、某親分の紹介を受け、面接先の責任者と待ち合わせた。

注文もせずに待っていると、相手の責任者は電話を寄こした。
レジ兼電話交換係のオバさんに店内放送で呼び出され、慌ててピンク電話に飛びついた。
店内に「散在」という表現がぴったりの街の住人たちの全ての目が、立ち上がったワタシに一斉に向けられたような気がした。
この時間のこの場所では明らかに異質の存在のワタシは非常に心細かった。

『遅れるので待っていて下さい』
電話の向こうで相手は言った。
………そして、そのまま忘れられた。

まだウブだったワタシは、そんな事にも気づかず、田舎の喫茶店なら食事ができる値段のコーヒーを仕方なく注文し、言われたまま夜明け近くまで待ち続けた。

偶然、ワタシに口を利いてくださった親分が、
数人のホステスとボディーガード風の若い衆を引き連れ、
閉店間近の「パリジェンヌ」に入ってきた。
親分はワタシを見つけると、店内に響き渡るほどの迫力のある声で、
『面接はどうだったかい?』と手招きをした。

ワタシは親分のテーブルに駆け寄った(広かったなぁ…)。
恐る恐る『実は…』と事の次第を告げた。
親分の顔が一瞬にして変わった。
親分は巨漢のボディーガードに向かって、ほんの少しだけ顎を動かした。
巨漢の若い衆は無言で公衆電話に向かった。
 
十分後…、
ふたりの若い衆が店内に入ってきた。
彼らは白いワイシャツを血で染めた水商売風の男の両脇を掴んでいた。
若い衆は親分に大声で挨拶をし、ワイシャツの男を蹴り飛ばした。
男はそのまま親分の前に土下座した。

『相手が違うだろ…』
親分はそう言った。

その相手とはワタシの事だった。
雇っていただくはずの相手が、面接される側のワタシに土下座している……。
『さぁ、面接を受けろ!』
親分は笑顔でワタシに言った。

『え~~~~~~~~~~~~っ!』

…これがワタシの「パリジェンヌ」初体験の思い出だ。


それから20数年後
新生「パリジェンヌ」では、我がもの顔でアイスコーヒーを啜り、
「あ、ども!」
「元気?」
…と多くの顔見知りに挨拶し、挨拶される、歌舞伎町の古株住人になった私がいる。


さて、後日談だが、その親分は歌舞伎町で、
いや…全国組織の最高幹部になられ、数年前にお亡くなりになった。

カメラが趣味で、思い付いたら独りでフラリと写真を撮りに旅するような方で、歌舞伎町の住人の誰からも愛され、その死を惜しまれた名物親分だった。



最近、私を面接しなければならなかった血みどろの店長に取材で出会った。
今や歌舞伎町でも有名なキャバクラチェーンのオーナー社長だ。
彼はこの時のことを鮮明に憶えていて
『へぇ、そうなの? …だったんだ。本読むよ。買うよ。何十冊と持っておいでよ』と喜んでくれた。

彼はこうも言った。
『あの時は俺が悪い。親分の人柄を考えずに、どうしようもないチンピラでも押し付けられるのかと思って、話半分のいい加減だったからなぁ…。あの親分にはそれ以上に世話になってるくせになぁ…』

そう言って親分を想い出すかのように沈黙した。


たしかに、私はどうしようもないチンピラでした。
そのチンピラは残念なことに、
その親分の話をうかがって、執筆することは叶わなかった。



…… 極東会会長代行 極東眞誠会会長 池田亨一親分。


最後に会ったのは姐さんと伊勢丹の地下、食品売り場。
買い物の休憩中だった。
親分はグレープフルーツジュース。姐さんはソフトクリーム。

……昨晩、なぜか? あの時の親分の夢を見たのである。






追記:パリジェンヌの「ラーメン」はなぜか?めちゃくちゃ旨い。
なぜに?喫茶店でラーメン…? 
なぁんて思わずに騙されたと思って食ってみてください。
…あ、騙されたと思うかも。

妙な柄のシャツでラーメンを食っている怪しげな男がいたら、
それは私です。
お気軽にお声をお掛け下さい。



ガウッ!
初めての・・・出石大!
ある極道作家がいる。
出石大という先生である。
某組織の親分だった人物だ。
……なぜか仲良しだ。
スキンヘッドのコワモテだが、人柄は最高だ。

http://www.coremagazine.co.jp/img_index/saishinbn/200606/jitsuwamadmax_sam_l.jpg

ね? …怖いでしょ(笑)


先生は都内に住んでいたのだが、
ワケあって福島に引っ込んだ。
で、もって今までは頑なに拒否していた
パソコンを購入したのである。

原稿をメール入稿するために日夜格闘中のはずである。
ブチ切れて「手前ぇ!この野郎!機械のクセに」
…となってないことを祈るのみだが。

そんな出石先生から初めてメールが来た。
どうやら私が実験台のようだ。

『初めてのパソコン通信です。出石大』

何と簡潔なんだ!
心が洗われそうだ。
下らないことや余計な事をウジャウジャと
書いて原稿料を水増ししている私は目が覚めた。

でも、これって携帯電話メールの文章?
簡単簡潔は携帯メール慣れ?
しかもパソコン通信って何だよ!

ひょっとして、マイコンとか呼んでないだろうなぁ…。

今度、注意してやろぉ!

[初めての・・・出石大!]の続きを読む
過激右翼団体代表に直撃!
☆ 爆笑問題・太田光の国辱発言に抗議文を出した過激と言われる政治団体「正氣塾」
……その塾長代行に聞く。

太田の国辱発言は無かったんでしょ?
…で?どうなのよ!どう思うのよ! 

しかも加藤紘一焼き打ち事件の容疑者を支援する声明。
…どういうことなんでしょうかねぇ?

そのせいでお宅のHPはネットサヨ&ウヨで炎上してますよね? 
なのに、どうして削除もしないで、そのまま放置?
…どうなのよ!ええええ!

……勝負を挑む覚悟のインタビューでした。

あの意地悪で訳知り顔で不遜で横着な態度のT原Sサンになった気分。
いや、あえて、なろうとしていた私…。
そんな自分が…やだったなぁ。

取材テープを聞き返すと…ホントに嫌なヤツだ!
…無礼千万、失礼極まりない!


☆ その加藤紘一焼き打ち事件の上部政治団体の代表にも取材の申し込み。

…取調べ段階なので差し控えさせて欲しい。…そりゃ当然だ。
私は待つ! 待ってます!


感想文: そうした身勝手な取材申し込みといい、
取材時のヒヤヒヤ発言内容といい……、取材でしょ? 喧嘩を売りにいったんですか?
アンタは……怖い物知らずかぁ! それとも、完全なるお馬鹿?
そのくせ、最後はウンウンウンと頷いたりなんかして…。
もう取材には僕を呼ばないで下さい!(担当編集者)


お待たせしました。
久しぶりに面白いインタビューでした。読んでみてください。
   ↓
[過激右翼団体代表に直撃!]の続きを読む
新しい餌
昨夜、歌舞伎町でホストクラブの一斉立ち入りがあった。

『警視庁保安課などは21日、風営法に基づき、東京都新宿区歌舞伎町のホストクラブ数店舗の一斉立ち入りを実施し、同法違反(無許可営業など)の現行犯で、店長ら数人を逮捕した。歌舞伎町にはホストクラブ約200店が集中しているといわれ、同課などは、暴力団にみかじめ料を払っていないかや未成年者に酒を出していないかなどの実態解明を進める』

これがその報道。

ネオン街のグレーゾーンは、
元々、ダミーの名義人を置いているケースが多い。
売れっ子ホストが数年で店を持つ。
アブク銭が入ることを覚えた
童話のキリギリスのような成り上がりホストが、
コツコツと金を貯めて店を持つなんてのは…。
青年実業家…ないない。単なる看板。

…今回の摘発、はっきり言うと
情報は漏れていた。

営業を取り止めてシャッターを下ろしていた店はなかったか?

新聞報道で、この摘発が風営法違反だけの摘発ではないことは
誰にでも理解できよう。
私の耳に入った「やるよ」という情報は、
警察関係者からではない。
その本当の目的から聞き及んだ。
いつもは「…らしいんだけど、何か聞いてない?」
しかし、その男は言い切った。

もしも、その情報源が面倒をみている店があるのならば、
その店は助かっていると言うわけになる。

歌舞伎町の浄化を「搦め手」で推し進める。
外人の摘発もホストも摘発も実は間違いではない。
弱いものイジメだと批判することもあるが、
たしかに「芽」を摘んでいるからである。

例えば……、
当局は不法就労の外国人ホステスや風俗嬢の摘発を徹底的に行なった。
弱いものイジメではないか!・・・との声もあった。
外国人犯罪集団の経済の基盤はオンナだ。
オンナがネオン街で金を稼ぎ、基盤を築く。
そこに男たちがぶら下る。…そして
それが「芽」である。
批判に耐えて彼らはやった。
ホストたちも同じである。

違法風俗も不良外人も消えた歌舞伎町。
…本当にそう思ってますか?
しかも、最大のアンダーグランドには手が出せないでいる。

上層部は浄化の成果を誇らしげに発表してはいるが、
「表面上は静か、実は潜っている」
「歌舞伎町のヤクザ事務所もヤクザの数も実は増えている」
「摘発や規制が新たな犯罪と犯罪手法を生んでいる」
「あれもダメ、これもダメ…。捜査に制約が多い」
関係者のここだけのため息交じりの耳打ちです。

不祥事、癒着、モラル…。

「一罪一逮捕一勾留の原則」と
「再逮捕再勾留禁止の原則」というのがある。

風営法違反容疑ならば、風営法違反についてのみ捜査取調べが出来る。
他の容疑ならば、別の手続きが必要である。…ってことでいいのかな?

とりあえず、捕まえて、ネチネチと脅して、
飴と鞭で、他の事を吐かす。情報を聞き出す。
…報道にはそう書いてあるではないか(笑)

なんとまぁ…時間の掛かることである。
その時には何も無い。
すでに消えているか、形を変えている。

昔はガツンといった。
とっととやった。

現場の警察官の苦労やストレスは誰も知らない。
だから、こういうことにもなるような気がする。

……まぁ、とにもかくにも、新しい餌はホストクラブってことですよ。

頑張れ!お巡りさん! 頑張れ!歌舞伎町!
[新しい餌]の続きを読む
新宿創世記 ~関東尾津組と闇市~
「真実の日記」(日本テレビ系)の闇市セクション
補足的グラビア記事(サンデー毎日・毎日新聞社)のテキスト公開。

CloseUp3.jpg



新宿の歴史を語るときに外せない住人がいる。
新宿の繁栄に貢献したテキ屋の大親分、尾津喜之助という人物である。
有名な「光は新宿より」というスローガンを掲げて、
戦後復興に尽力した関東尾津組の親分である。

現在の伊勢丹のある場所には都電の操車場があった。
その横の空き地で露天商を集めて尾津は闇市を主催した。
尾津マーケット(新宿または竜宮マーケットとも呼ばれた)である。

食料や物資が乏しかった終戦直後、
都民の腹と欲望を満たしたのはこうした闇市なのである。
食料、生活用品、舶来品…、手に入らない品物はなかった。

その秘密は、全国の裏稼業のネットワーク。
現在でも、暴力団が全国各地に支店や営業所を持つ
日本最大の総合商社であるとされるゆえんである。

新宿の闇市は当時の地元組織によって区分けされていた。
そうした庭場(縄張り)は、
当時の警察署長の立会いの下で決定されたと聞く。
警察力が不足した時代の治安維持を任されたのが尾津喜之助である。
こうして尾津は新宿の裏面に君臨することになる。

尾津はヤミ商品の公定価格を破壊した。
大量に仕入れて適正価格で販売した。
街商からも販売に応じて会費を徴収した。
新宿の闇市は紛れもなく戦後の「楽市」だったのである。

買う側だけでなく売る側にとっても、尾津の存在は、
敗戦から立ち直ろうとする人間たちの象徴的な存在であった。
のちに尾津の人気は次次点で落選することにはなるが、
衆議院議員選挙で二万三千票を集めることになる。


しかし、時代は尾津を切り捨てた。
闇市の土地は無断使用であった。
尾津は不法占拠で訴えられることになる。
経済が復興し、土地の値段が跳ね上がると、
闇市も尾津も邪魔な存在となったのである。
一連の立ち退きで、街商が押し込められた場所のひとつが、
現在の新宿ゴールデン街でもある。
関東尾津組の解散とともに戦後は終わった。

しかし、新宿、とりわけ歌舞伎町は、
この時代のエネルギーをいまだに持ち続けている。

高度成長期には企業戦士が明日の活力を手に入れ、
学生運動やヒッピーの時代は、
さまざまなサブカルチャーや情報を発信し続けた。
ディスコブームが巻き起こると、
不良少年や家出少女が歌舞伎町に溢れた。
風営法が改正されて、新型風俗の街となると、
新しい業態やスタイルが歌舞伎町から生まれた。

高級クラブ、キャバクラ…、現在はホストブーム。
歌舞伎町のホストクラブは200軒とも300軒とも言われる。
時代とともに…さまざまな変身を遂げた街。
そして今も強烈なエネルギーを放出し続けている街でもある。


(C) SHINSHUN / 毎日新聞社 / 歌舞伎町ペンクラブ



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下は、シリーズ連載「歌舞伎町の侠(おとこ)」(劇画マッドマックス・コアマガジン)
~歌舞伎町を創った男・鈴木喜兵衛~の新宿創世記の闇社会事情を語ったセクションの再載です。

……歌舞伎町の創生の裏事情、中国人華僑(老華僑)や半島出身者を語ったのちに、
もっと裏事情(笑)を勢いに任せて列記した部分。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


新宿は武州小金井生まれの侠客・小金井小次郎の縄張りであった。
名主の息子であった小次郎は幕末の名侠客・新門辰五郎の舎弟となり、
時の権力者・徳川慶喜から源氏の「二引き紋」を与えられた。
表紋が辰五郎、裏紋が小次郎。

のちに小次郎の系譜を継ぐ小金井一家が、
その後に所属した二率会(平成13年に解散)の
名称の元となった歴史の裏である。


その小次郎の身内であった平松兼三郎という親分が、
小次郎の持つ広大な縄張りの新宿一帯を仕切った。
新宿に最初の映画館「美松館」を建設し、
街づくりに貢献した親分でもあった。

平松の舎弟には、
のちに熱海の縄張りを稲川会に譲る海老沢文太郎、
銀座に進出して一家持ちとなる篠原縫殿助。
平松の後に新宿を受けた市川三吉と田中松太郎、
市川の実弟の丸吉と亀吉、
甥の正芳はのちに綱島の顔役となった。
小金井一家からもこうした多くの名侠客を新宿は生んだ。


稼業違いである的屋からも多くの名侠客が生まれた。

関東飯島一家の小倉米三郎、
その二代目である尾津喜之助。
「光は新宿より」というスローガンで復興に尽力し、
のちに衆議院議員選挙で二万三千票も集めた(次次点で落選)親分でもある。

同じく飯島一家倉持分家の渡辺末男。
新宿議会議員を務めることになる東京早野会分家の安田朝信。
野原組の野原松次郎、
和田組の和田薫、
のちの神農界の最大組織・極東会の礎となる桜井一家の関口愛治。

…などの有名親分を生んだ街でもある。

新宿は彼らの手によるヤミ市から商業の街として栄えた裏面もある。
新宿のヤミ市は尾津組、安田組、和田組など…。
その勢力争いを仲裁し、縄張りを線引きしたのは、
実は当時の警察なのである。

その境界線にある横丁は、
「殺人横丁」と呼ばれるくらいに刃傷沙汰が絶えなかった。

万年東一、加納貢…に代表される戦後の愚連隊の台頭で歌舞伎町裏社会も戦国時代と化したこともあった。

01_04.jpg


こうした侠たちも街を作り上げるパズルの重要なピースとなった。

百花繚乱のアンダーグランドたちと、
歌舞伎町を作り上げた華僑たちは上手く付き合った。
アンダーグランドたちを制したのは、暴力ではなく金と力であった。
資金だけでなく、彼らのレストランなどから多くのヤミ物資がこうしたヤミ市に流れたのも事実である。
詳しくは語れないが、こうした流れは戦犯と呼ばれた日本の黒幕たちが作り上げたシステムでもあった。


(C) SHINSHUN / コアマガジン  協力:塚原晃
そろそろ、暴露しちゃおうっと…
……時が過ぎたので、暴露しようっと!


某新聞社の記者。

歌舞伎町にカメラマンを配置し、
自らもコメント取りに一週間。

…だけど、何も得られませんでした。
誰も何も話してくれませんでした。
…しかも、カメラマンが怖い目に合いまして…。

そこで、ご相談なんですが…。

『コメントが欲しいの? 誰の? 今から電話して呼ぼうか?』

『いいえ…。そういう人たちのコメントを作って欲しいんです。入稿が30分後なんです』

『あのさぁ……あんた、新聞だろ?』


……ということがありました。
本来ならこんなことは、暴露しないのがルールなんですが……、

だって、コーヒー代で済ませられましたから。
しかも『これはこちらで払わせていただきます』
何なんだよ!新聞社!

こっちは情報発信が生業なのに。
セコイことを言っているつもりはない。
そうならば、手の平を出しておる。

ためしに…ニヤつきながら、
『今、しゃべったことを原稿にすると俺は金になるんだよ』
…と言ってみたら、
『…お忙しそうで』
とニコニコ。

写真をお借り…、え?? 使用料?
当たり前だろう!
彼らは雨の日も、風の日も…、怖い目にも、
歌舞伎町を寝ないで歩き回りながら、
やっとの思いで、一枚のショットを押さえるんだよ。
いやなら自分で撮れ!

で、感謝の電話もテキスト確認も、掲載紙すら送ってこない。
新聞だという権威を嵩にした「ごっつあん体質」

某テレビ局の報道記者は実に気持ちが良い。
事件現場で、こちらは歌舞伎町の地の利を生かして好ポジション。
「そこに行きたいのですが…」と電話が鳴る。
「いいよん!」
そのお礼の(秘)情報は必ず届く。

某お笑いタレントが歌舞伎町で乱闘。
目撃証言が欲しいんですけど…。
「何なら、本人から話を聞く?」
「ええええ!……止めときます」

…そんなことはどうでもいいが、新聞社!

お前ら、一週間、何をしていたんだ?
道行くキャバ嬢のケツでも眺めていたのか?
取材力ゼロ!無能!


怒っているのか?…って?
…いいえ(笑)
実はここからがホントの暴露。

途中から、方向修正させていただきました。
実はかなりいい加減なことを、
平気でしゃべってしまいました。
あることも無いことも…
いいえ、ないことばかり。

数字もデータも出鱈目~~~っ。
ちょっと調べりゃ、すぐ分かる。

『平成10年に暴対法が出来て……』
『山口組が五代目になって…』
『関東二十日会の加盟二十組織が…』

…真剣にメモる馬鹿記者。
…んなワキャないだろ!


こちらは、新聞記者になりたいわけでも、
新聞に書きたいわけでもないので、
どうでもいいのだ。
ジャーナリズムは無い。
あんたほどではないが…。

不届き者には…人生勉強だ。

どうしたのかなぁ?
こういうイタヅラ好きの虐めっ子体質を何とかしなきゃ。
……はぁ~~~。
[そろそろ、暴露しちゃおうっと…]の続きを読む
広島戦争の真実 ~仁義なき戦いを企てた侠~
広島戦争(1946~1970)

戦後、焦土となった広島の歪(ひずみ)が爆発!極道抗争史の転換点となった抗争には現在の抗争スタイルが全て集約されていた。

焦土の広島を戦場に四半世紀に渡る長き抗争があった。
この広島戦争は書籍・映画・その後のVシネマなどで、
多く語られてきた。

広島には悲しい歴史がある。
太平洋戦争末期に投下された原子爆弾である。
悪魔は一瞬にして中国地方最大の街を地獄に変えた。
何もかもが消えて無くなった。

だが、この街の人間たちは逞しくも復興に向けて立ち上がってゆく。
その戦後復興の中に全国を震撼させる暴力戦争の芽が芽吹いていた。
広島戦争は復興運動の中で力を付けて群雄割拠する
新興暴力勢力たちの謀略と裏切りの戦争だった。

発端は焦土の広島と軍港の街・呉で同時多発に起きた。
二つの抗争はやがて肥大化すると共に、
一つの大きな戦いの流れとなっていった。

広島戦争は抗争の発端や時期で第一次から第三次に分けられる。
それらの抗争は関連した組織や人物も多く複雑である。

多くの書籍や映像作品で描かれているので簡単に説明するが、

第一次抗争は広島と呉での新興勢力と旧勢力の生き残りとの戦いである。

第二次抗争は第一次抗争が終結した束の間の平和に、先の抗争の残り火に神戸の対立する二大組織が介在してきた事から始まった。
この抗争は広島代理戦争と呼ばれた。

そして第三次…、二度の抗争に疲弊した地元組織は平和共存と大同団結を図った。これが新たな火種を生んだ。
過去の遺恨や団結組織内での勢力争いに火が付いたのである。


広島戦争は日本のヤクザ抗争の中で最も長く燻ぶり続けた抗争であった。
この闘いはその後のヤクザ抗争を大きく変えた闘いでもある。
仁義や掟の無視、殺戮、市街地でのゲリラ戦、密謀、裏切り、ヒットマン、暗殺、そして新たな武器…。
対立する巨大組織をバックにした代理戦争、
その原因となった巨大組織の全国進行と盃外交。
紆余曲折と戦いの末に勝ち得た一枚岩の組織…。

「仁義なき戦い」は抗争の中心人物のひとりである美能幸三氏の手記を基に作家・飯干晃一氏が解説をつけた形で発表された。

美能氏は抗争をこう評した。
『戦争で大切な人間が死んで、ツマラン者が生き残った…』
抗争の原因は、戦争や原爆で街の顔役や闇社会の実力者が亡くなり諌める人材が居なかった事、
何より、切り取り放題の街になった事だと…。

そして自らをこう語った。
『私の人生はあの終戦で終わっていた』
戦災で何もかも焼けた街…広島、
この街ではあの爆弾で新たな戦争が始まったのかもしれない。

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【実録 広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯】
“仁義なき戦い”と呼ばれた血みどろの広島25年戦争を象徴する男・佐々木哲夫の生き様が、遂に明らかに!!


……というわけで、面白いVシネマの情報です。
実はこの広島戦争を取り上げた「仁義なき戦い」は、
真実を描いてはいないのです。
たしかに、当時、現在進行形の抗争を描いていたわけですから、
それも仕方がなかったのかもしれません。

そうした中での、笠原和夫の脚本、…その決め台詞!
深作欣二の演出、…キャスティングにカメラワーク!
素晴らしいものがある。
その後のピカレスクムービー、アウトロームービーに
与えた影響は計り知れないだろう。
しかしながら、意図的にある人物を描かなかったり、
設定を変更したり…、極道抗争史家(誰が?)としては、
やや不満でもある。
(これがあの事件、これはあの事件…照らし合わせるのに苦労する)


そんなこんなで不満が残る私は…見つけてしまいました。
本当に見たかった「仁義なき戦い」です。
しかも真の主人公と言える人物を中心に据えて…。

作品名は「実録・広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯」です。
このタイトルの「佐々木哲夫」という人物(実際は佐々木哲彦)は
広島抗争の原因となったヤクザとも言われる人物です。
「強いから殺された」…まさにそういう侠。

東映映画「仁義なき戦い」第一部で松方弘樹が演じた「坂井鉄也」のモデルになった実在の人物です。
戦後のヤクザ社会が産んだ仇花の如き人物で、
菅原文太が演じる「広能昌三」(実際は美能幸三)が、
主人公と言う名の語り部ならば、真の主人公がこの侠なのです。

この侠を主人公とする。
「仁義なき戦い」の逆視点!
面白い!

それを、あの「IZO」のキレキレ俳優の中山一也が演じる。
素晴らしい! ベッ!ストのキャスティングである。

「仁義なき戦い」は主人公である美能幸三が、
獄中で書き綴った手記を飯干晃一が入手し、
これをベースにした実名ノンフィクション小説の映画化作品。

美能氏は、第一作が不満であった。
(小説の核となる人物が、諸事情から、ぼやかされており、
その根本的な問題が描かれていない)
二作目以降は美能氏に代わって、
服部武氏(二代目共政会会長。第3部、5部にて小林旭が演じた武田明のモデルとなった人物)が監修的立場を引き継いだ。

このために山村辰雄氏(共政会・初代会長)をモデルとした
山守義雄を金子信雄が怪演(?)しても、
一切の抗議・苦情はこなかったというわけでもある。

それをこの作品は覆した。


も、一回、見ようっと!

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【実録 広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯 完結篇】
乱世に散った、悲しき侠(おとこ)--“仁義なき時代”に生きた、男侠(やくざ)の生涯が暴かれる!


DATA:

【実録 広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯】
■キャスト/中山一也、中野英雄、川野太郎、武蔵拳、デビット伊東、
松田一三、風間貢、清水宏次朗(友情出演)、川地民夫(友情出演)、ジョニー大倉
■監督/辻裕之
■GPミュージアム作品


【実録 広島極道抗争 佐々木哲夫の生涯 完結篇】
■キャスト/中山一也、中野英雄、川野太郎、武蔵拳、デビット伊東、松田一三、風間貢、清水宏次朗(友情出演)、川地民夫(友情出演)、ジョニー大倉
■監督/辻裕之
■GPミュージアム作品


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テレビで「涙そうそう ~昭和20年8月6日広島~」を観て、
これをレンタルしちゃう俺は…、一体、どういう人なんでしょうか?


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07年6月某日、作品の主役「佐々木哲夫」を演じた中山一也さんと話をすることが出来た。
六本木ミッドタウンのカフェテラスでお会いしたのである。
連絡して会いに行った知人の隣に中山さんがいらしたのだ。
中山さんも偶然だったそうだ。
…おお!これは『ご縁』ですね!←違うって!

さっそく、それまでの作品、この作品のこと、キャスティングの妙とそれに勝る中山さんの演技を熱弁する私。「そうそう、ブログでも書きました」


「あれ? そのブログ、関係者が見つけて見たなぁ」
ブログの内容を話す中山さん。…読んでる!
「そ、そ、そうです。それ、それ、その怪しいブログです」


……実は舞い上がるほど嬉しかったりして。

「佐々木哲夫」、「IZO」、初の主演作「冷血」(ダウンタウン浜田ヨメが脱いでいる)などの映画のことや、テーマは男として…等々、さまざまな会話をさせていただいた。
話していくうちに多くの共通の関係者もいることが判明。

時折、笑顔で、それでも人間としての熱さが伝わる役者でした。
何よりも『目』が素晴らしい役者さんだ!
『この役者さんで何かを書きたい!』
…そう思ってしまった。(普段は思わない)
今の私が言うのもおこがましいが、いつかは一緒に何かをやりたい。
…いや、やらせていただきたい! 必ずそこまで行きますから!


……そう決意させる役者さんは少ない。


中山さん、楽しい時間を有難うございました!
思った通りの、いや、それ以上の人だった。

世間の人が喜ぶアイドルや芸能人には何の反応もしない私、
反応するのは、サッカー選手、役者、作家、政治家、任侠、裏社会…などなど。
その全てに「一部の」が付く。

私は自分が好きな人だけに過剰に反応するのである。
興味がなければ「あ、どうも」と言って横を向く。
●ャニーズの人にも「だから何?」
某女優にも「ふ~ん、普通じゃん」

自分でも分かっているのだが、
こうした私の行動は普段から指摘されております。
『好きな対象にはとことん密着、そうでない対象には容赦ない』
(同業者・池田君談)
たしかに…文章を見れば一目瞭然! …反省せねば。


……で、反応された中山さんは、迷惑だったかもしれない。

いやぁ! カッコイイ人だった!




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