裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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意外なヤクザの前職…。
ヤクザになる!…その就職事情

警察白書によると暴力団構成員及び準構成員の総数は8万5千人。その増加傾向は年々顕著になっていると報告されている。彼らがヤクザになるきっかけとは如何なるものなのであろうか? 

ヤクザになる…それは盃を貰うことである。終戦直後は先行きの不安や復員での虚無感から…。ヤクザへの締め付けも緩やかだった時代には、地域の親分衆が開帳する賭場などで、本職ヤクザと出会い稼業入りするケースが多かった。

親分衆や幹部クラスに取材をすると、賭場で所作や侠気に触れて稼業入りを決意したという人物が実に多い。博打打ちが職業として存在し、賭場が行き場のない若者を預かって修行させる場でもあったわけである。

現在では街の繁華街や刑務所などの矯正施設で本職に触れるケースが多い。

最近の稼業人の前歴は愚連隊や暴走族といった街の荒くれ者、硬派な不良がほとんど。アマチュア時代に華麗なる戦歴や伝説を持つ者も多い。

警察白書では山口組・稲川会・住吉会の三大組織の構成員で全暴力団員の七割以上を占めていると報告している。この数字に昨今の暴力社会の淘汰や寡占化が見て取れると共に、ヤクザ稼業に足を踏み入れようとする男たちにも『寄らば大樹の陰』同じヤクザになるのなら大組織で…といった考え方が浸透しているのも見取れる。

男が侠に惚れる、そんな時代は遠い過去のものなのか? そんなヤクザの就職事情の中で、実にユニークな前歴をたどってきた者もいる。本コラムではそうして侠たちを紹介していこう。


宗教家からヤクザへ…。

ミッション・バラバという団体がある。元ヤクザであった宗教人たちの伝道集団である。彼らを描いた「刺青クリスチャン」(早稲田出版)という書籍は「親分はイエス様」(渡瀬恒彦主演)として映画化もされた。ヤクザを辞めると決意し聖職者へと転身した稀有な例である。書籍からも元ヤクザに対する世間の風当たりや相当の苦労が読み取れる。この逆の例は? 宗教家からヤクザへ…。

とあるネオン街にその例はあった。彼は京都の名刹の宗教人であった。地元で遊ぶと檀家などの関係者に見咎められるので、週末になると新幹線で都内のネオン街に通いつめた。

女、酒、博打。その中で彼が嵌ったのが女と博打。彼は名義人を立て売春クラブを出店した。博打場で出会った地元組織の入れ知恵であった。彼は組織のヤミ金や違法カジノなどにも出資した。

地元では宗教人、ネオン街では準構成員。二束の草鞋を履く彼は、京都から舞妓を呼んでネオン街を我が物顔で闊歩するなど、派手な生活に歯止めは利かなかった。そうなるとやっかむ人間も出てくる。彼は切り捨てられた。ヤクザ組織と当局との談合もあったのかもしれない。地元ヤクザの抱える債権を反故にする目的もあったと噂された。彼の経営する違法店ばかりが摘発された。

彼は今、塀の中である。後日、その男は正式に稼業入りしていたことを知った。


己の腕一本!

暴対法や組織犯罪対策法などで圧制が敷かれ、実直に任侠道に生きようとしても難しい面が多い昨今だが、気合いが入った男たちがいる。己の腕一本に賭けて生きた男たちである。

任侠世界の勢力図を塗り替えた六代目山口組組長・司忍氏の前職はなんと漁師である。水産高校卒業後に大手水産会社に勤務、トロール船の乗組員であった過去を持つ。漁師・船乗りの激しい世界で男気を学んだとされている。

最大組織の親分の前職が漁師? 何も驚くことはない。山口組創設者の初代・山口春吉氏が元漁師なのである。淡路島の漁師だったが見切りをつけて神戸に労務者として移住。港湾荷役に従事して山口組を創設したのである。

ちなみに三代目組長・田岡一雄氏は元旋盤工である。上司を殴って退職、山口組の賭場に出入りしていたことから稼業入りした。

スポーツ選手・格闘家からの転身も多い。
ヤクザ黎明期には神社仏閣での勧進相撲興行の相撲取りから多くの名門一家の創設者が誕生している。「一本刀土俵入り」で有名な駒形の茂平は相撲取りから稼業入りしたとされる伝説の人物であるが、実は架空の人物で、先の人物の一人をモデルとしている。

元プロ野球選手も多い。明記は避けるが、元巨●軍選手で組織がらみの違法風俗店を経営し逮捕された人物や、恐喝で稼業名刺をさらして逮捕された元選手もいる。私の知る限り元格闘家のヤクザも多い。


お堅い職業から…

内山哲夫「転落弁護士―私はこうして塀の中に落ちた」(講談社)という書籍がある。警察庁出身の元弁護士の告白ノンフィクションである。

現在は法律事務所の調査員として正業にあるが、彼は弁護士でありながら企業舎弟として恐喝・横領。事件屋として活動した人物である。酒・女・金…銀座の先生とまで呼ばれた豪遊。そのツケを補うためには闇社会に身を置くしかなかったと著書の中で述べている。

六代目山口組最高顧問の岸本才三氏の経歴はユニークである。海軍航空隊員として終戦を迎え、神戸市役所職員となったのである。退職するまでヤクザと公務員という二足の草鞋を履き続けたと告白している。巨大組織の舵取りに公務員としての実務経験が生かされているのは間違いない。

つい先日、九州である郵便局員が逮捕された。職質を受けた際に拳銃を発砲して逮捕された。調べてみると郵便局員でありながらヤクザであった。郵政民営化騒動の中で、この事件には当局も取り扱いに頭を抱えたに違いない。

実際に元警察官や弁護士のヤクザは多い。そのほとんどが身分を隠しての企業舎弟としての活動である。その前職や身に付けたスキルから、ヤクザとして身体を張る必要は無いからでもある。前歴や頭脳を駆使して企業舎弟として暗躍するケースがほとんどである。

元警察官として企業の総務課や渉外課などに天下り、組織関係者や総会屋、企業ゴロなどと交わるうちに染まっていった事例がほとんどである。

蛇の道は蛇、現役警察官でありながら組織のために働き、告発されて退職。そのまま稼業入りした元警察官もいる。

ちなみに逆の例で稀有な例が、前大阪市助役の大平光代氏。彼女は元極妻。一念発起して司法試験に合格。弁護士として活動すると共に大阪市助役まで登り詰めた努力の人である。背中には観音様と蛇の刺青が入っていると告白している。

(C)SHINSHUN / 劇画マッドマックス Vol.16 特集コラムより

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いや~~~っ!新しいお方だワ!
私の大好きな、役者・堀田眞三殿がブログを始めました。

非常に好奇心旺盛なお方で、私の馬鹿話が大好きなご様子。
映像関係のパーティで私を見つけると、嬉しそうに近づいてこられます。
その顔が『見ぃ~~~つけた』と言っております。
氏の新モノ好きと筆まめには本当に脱帽します。
『僕、ブログ始めたんですよ!』
たしか年賀状にもそう書いていた。なのに…、
URLが書かれていない(笑)…見つけましたけど。
堀田さんらしいなぁ…。ブログを読むとPCとも格闘中のご様子。

悪くて、小ズルくて、憎たらしい親分をやらせたら、
まずは…日本一でしょう!

ところが、そんな人柄は世界一です! 陽気なお酒は地球一!
是非とも、ご来訪下さいませ…。
その存在感と人なりに魅了されることでしょう…。

リンクを張っておきました。

http://blog.goo.ne.jp/hottashinzo/


追記:コミュニティーサイト「MIXI」にお誘いしましたら、即、参加!
まだまだ初心者で放浪中のご様子。会員の方は踏んでみてください。
堀田さんのページは3370208です。
歌舞伎町と最新機器の歴史
この20年の通信関連機器の発達は素晴らしいものがある。もしもタイムマシンがあったとして、20年前の人間に携帯電話を渡したら、どのような反応をするだろうか? 

黙って渡せば間違いなくトランシーバーだろう。電話機のように耳に当てて使用しないだろう。

口元に当てて「応答せよ!応答せよ!」だの、会話の最後に「…どうぞ」とか言うかもしれない。…言うだろうな。

バブル時代の最先端通信機器は、凄まじく技術進歩し、新機能を備えた新商品が次々と登場してきた。これらの最新グッズも最初に取り入れて最大限に活用するのは、世の中の中心にいるエリート層と、世の中の一番はずれた場所にいる歌舞伎町のアングラ世界の住人たちだ。

今回は歌舞伎町と最新機器の歴史を学びたい。


 留守番電話、転送電話、ポケットベル、自動車電話、携帯電話、伝言ダイアル、Q2、インターネット、電子メール、携帯メール…。彼らはすぐさま取り入れ、有効的に「シノギ」に活用する方法を考えては、自分たちのアングラビジネスに取り入れた。

 留守番電話や転送電話などは、ノミ屋などの非合法博打関係やデリバリー系売春がすぐさま取り入れた。留守番電話がノミ行為の、重要な証拠となるメモをなくした。また、賭けた、賭けないという客とのトラブルをも無くした。

転送電話は所在地ごまかしの摘発のがれに利用された。

ポケットベルは登場してすぐに、ヤクザ関係が若い衆を緊急招集したり、街を流すストリートガールに指示を与えるのに使用された。

この街の正業である水商売関係でも、歌舞伎町の誇る日本最大のキャバレーはあまりにも店舗が広すぎるために、ホステスに店内用のポケベルを持たせた。ポケベルを使って指名テーブルを知らせているのだ。

このキャバレーでは、現在でもこの方法を採用していて、事情を知らない客はホステスが全員ポケベルを持っているのを見て、「なんで?今時ポケベル?」と思ってしまうことだろう。しかし当時は革新的なアイディアだと感じたものだ。

日本人に外国人、ギャルからババアまで…という客のニーズの全てを取りそろえた感のあるホステス在籍ウン百人というこの店で、いちいちボーイさんがホステスに声を掛けたりしていたら大変だ。目的のホステスが「ドーム」といった方が適切な表現であるかに思える広大な店内の何処にいるのかを探し出すだけでも一苦労のはずだ。

「ミユキさん、何番テーブルご指名です」よくあるこの店内放送を、スピーカーで店内の全てに届かせようとすれば、大音量で落ち着いて飲んでいられないはずだ。放送回数もひっきりなしだろう…。

ポケベルの存在すら忘れかけていた最近だが、ある夜に仲間と無届けの深夜サパークラブで飲んでいた時の事だ。オレの席についた初顔のホステスが色白の柔らかそうな巨乳の谷間にポケベルを挟んでいる。オレは少々酩酊気味のそのホステスにズバリ言った。
「お前の早い時間(店)を当ててやろうか?」

歌舞伎町では、ひと夜に2店舗を掛け持ちするホステスたちがいる。いわば正業である12時までを早い時間(店)と呼び、その店がハネた後に「アフター」と称して酔客同伴でなだれ込むのが、副業の深夜営業のお店(大抵4時くらいまで)であり、このサパークラブのことを「深夜」と呼ぶ。ここでアルバイトするホステスも多い。

「絶対に当たらないよ~っ!へへへ。」
その娘は色白の巨乳を突き上げて、自信満々でオレに言った。彼女の自信の理由はこういうことだ。深夜サパーは高級クラブの黒服達が、自分の抱えているホステスを使って小遣い稼ぎをしている場合が多い。

12時に営業を終了する近隣の小箱の店と契約し、閉店後に又借りして「二部営業」しているのだ。家賃は「早い時間」の半分が相場。電気代、水道代、備品や消耗品などの使用料もコミコミの場合が多い。

したがって、彼ら黒服の在籍する高級クラブに勤務している担当のヘルプホステスたちがアルバイトしている場合が多い。当然、客もその様な高級クラブからの流れが多かった。

クラブホステスは、売上やクラス(格)によって出勤時間がまちまちだ。売上のいい者は「優待出勤」といって、規定の出勤時間より30分から1時間遅めの出勤が認められている。当然、一般的な出勤時間からの給与計算になる。勤務時間的な昇給だといえよう。

ヘルプホステスは、規定通りの7時30分から8時の出勤だ。お客を連れて店に入る「同伴出勤」に限っては、全員に8時30分の「優待出勤」が認められた。この場合も規定時間に出勤したことになり、その分の給与は計上されることになる。

このクラブホステスの出勤時間規定に対して、大型キャバレーでは出勤時間が早い。大箱キャバレーの中には閉店時間も早い店もあり、銀座の高級クラブのように11時30分から45分に閉店する店もある。キャバクラもキャバレーの流れを受けているので、出勤時間規定はどちらかというとクラブよりキャバレーに近い。ただ深夜の時間帯まで営業している店が多いのだが…。

深夜サパーは彼ら黒服たちが店を12時に終え、後片付けを済ませてからの開店と言う事になる。キャバレーのホステス達は1時間以上も時間を潰さねばならなくなる。バブルの頃ならいざ知らず、深夜の同伴客も焼肉屋や寿司屋で食事をご馳走したりせねばならなくなる。

黒服という人脈的なモノ以外にも、この時間的な関係で、深夜サパーでは大型キャバレー勤務のホステスも利用客も比較的少なかった。それが「絶対に当たらない」と笑った彼女の自信だったのだろう。

「じゃあ、当てよう…。クラブハイツ!」
「…!、どうして判ったの?え?来たことある?」

驚いて息を吸い込むと彼女の胸元がより強調された。オレはわざとらしくその胸元に顔を近づけて言った。

「ポケベル…。いまどきポケベル持っているホステスはハイツくらいだろ。」
「ああ~~っ!」

聞けばタイムカードを押し、フロントでポケベルを受け取ってから、仕事を開始するのだという。仕事が終われば返還する。その娘はお酒が入りすぎて、つい返還し忘れたのだという。

慌ててポケベルを巨乳の谷間から抜き取ると、エロ親父から挟んでもらったのだろうか?万札や千円札が数枚こぼれ落ちた。

「クラブハイツ」のホステスは通常は裏の従業員用のエレベーターを使って出勤するが、同伴出勤の時だけはお客用の直行エレベーターが使用できるという…。ホステスにとってはちょっとした栄誉だ。

話の流れでその栄誉をさっそく分かち合うことになってしまった。同伴出勤の約束をさせられてしまった。

クラブハイツはコマ劇場横の東宝会館の最上階にある。3台のエレベーターの一番奥にあるクラブハイツお客専用エレベーターには、名物おじさんともいえるTさんというポーターさんがいる。

オレは明日はたぶん巨乳と腕を組みながら、同伴出勤するのだろう。ホテルのドアボーイのような、ウグイス色の帽子と制服にエンジ色の鮮やかなネクタイを身に付けたエレベーターボーイとは呼べない年齢の古株名物おじさんであるTさんの「どもども、いらっしゃいませ…」という名口調を、店のある8階まで箱が昇っているあいだじゅう聞くことになる。

そして明日は土曜日だ。彼は必ずオレにこう言う・・・。
「今日は土曜日、お楽しみのビ~ンゴ大会の日でございますヨ。」

この「クラブハイツ」は最後のグランドキャバレーとして歌舞伎町世界遺産とも呼べる名所だ。この店にはバンド演奏とダンススペースがあり、社交ダンス大会全国2位の齢(よわい)ウン十歳というホステス様が指名をすればダンスのお相手をしてくださる。わざわざダンス用のエナメルマイシューズを持って日参する熱心な彼女のファンもいるほどだ。料金もリーズナブルだから一度お訪ねあれ。昔の日活映画で観たようなシーンと古き良き時代がそこにはあります。今は無きポケベルも見られて新鮮。

歌舞伎町でポケベルを持っているのは営業マンとヤクザ者。そんな時代があった。

歌舞伎町のフロントロビーのような役割の大型喫茶「パリジェンヌ」では、店内のどこかでポケベルが鳴ると、ヤクザ者が一斉に自分の右腰のベルトあたりを慌ててまさぐる。・・・そんな光景がしばしば見られた。そういえば、クロコやルイ・ヴィトンのポケベルケース・・・あれはいったい何だったんだろうか?

自動車電話、携帯電話も、アングラ社会では出始めの頃は、ただ単にステータスでしかなかった。ところが、実用的な小道具としてすぐさま認知された。

かつての歌舞伎町の地場産業であった「ぼったくり」では、店外にシキテンと呼ばれる見張りと、アトヅケと呼ばれる事後処理係がいた。ともに摘発やトラブルを避けるためのものだ。携帯電話が適当に小型化した時点で、トランシーバーから切り替えた。

しかし、しばらくは歌舞伎町の電波状況は最悪だった。

歌舞伎町という街のビルの建蔽率が原因だ。下から上まで見上げるネオンを思い浮かべて欲しい。狭い路地や2車線しかない通りに、高々と派手なビルが建っている。しかも「夜」の方が「昼」より明るく感じる。このビルとネオンは「不夜城」でもあり「迷宮」でもある歌舞伎町の大事な顔だ。ゆったりとした建築事情の国から来た外国人は、街の作りにネオンサインの多さが加味されて、映画「ブレードランナー」のようなゴミゴミした猥雑な近未来都市に見えるようだ。

実際にあの映画のリドリー・スコット監督は歌舞伎町をモデルとし、松田優作の遺作となった「ブラックレイン」でも、この街での撮影を希望していたと聞く。

そのため歌舞伎町のエンピツ雑居ビルの谷間では、初期の携帯電話だと電波状態が悪くて会話ができない。メインストリートの風林会館前の交差点でさえ、圏外であったのだから、初期型の7キロのショルダ-タイプでは何の役にも立たなかった。

…だから、この頃の携帯電話なんて単なるステータス。24時間7キロを担がせた可哀相な若い衆を、自慢げに引き連れたヤクザの親分もいた。

目の前に公衆電話があっても、若い衆の抱えた黒いバッテリーケースから伸びた無骨な受話器で、「あ、もしもし、俺だ!」なんて周囲に大声を撒き散らして、悦に入っていたのだから大笑いだ。

あの頃のことを考えたら、きっと穴があったら入りたいはずだ。実はオレもそうだった。店から持たされたショルダーフォン。重かった。

ところが性能が良くなり、小型化され、中継点も増えて電波状況もよくなると、ツールとしての威力を発揮した。

ぼったくり業界でも、「シキテン」や「アトヅケ」だけでなく「付け馬」にも持たせた。パトロール警官の尾行、摘発情報などの緊急連絡にも最適だった。彼らは歌舞伎町交番の前に、携帯電話を持たせた監視役を、毎晩立たせていたのだ。

携帯電話の普及とともに、飛躍的に成長した歌舞伎町発のアイディア商売から、一大産業となった業種に、テレクラ(正式にはテレフォンクラブ)というものがあった。

最初はテレフォンセックスが目的だったが、いつしか、出会いを作り出すようになった。このシステムの発案チェーンは何店舗も店を構えて、歌舞伎町のそこらで「イ~チジカ~ン、八百円!八百円!」という甲高い女性の客寄せアナウンスが流していた。

エビ通りと西武新宿通りに店が残ってはいるが、このアナウンスは騒音等の規制で聴かれなくなった。昼の人気帯テレビ番組では、CM前に街の風景を映し出していたが、その画面の中にもアナウンスは街のBGMとして流れていた。今となっては懐かしい。

このMという会社、ちょっと色々あるのだが、今はチィとヤバイ。それは別の機会で暴露っちゃいますけど…。

そのテレクラに、プロのポン引きや売春関係者が飛びついた。地場産業のぼったくり業界もしかり。ガールキャッチが有効活用していた。まぁ、ぼったくりの獲物の「養殖イケス」みたいなものだった。

ワンコールで餌食が簡単に入れ食い状態だからたまらない。「じゃ、ホテルに行く前に軽く一杯」で、ぼったくりバーに誘う・・・。

獲物は股間が充分に膨らんでいるもんだから、誘えばドコにでもついて来る。サッサと飲んで、早く目的地に行きたいのだ。

このために気軽に入れて、間違っても警戒されないであろう、蟻地獄のような「ぼったくり居酒屋」を、オレの友人、ボッタクリの帝王、かの影野臣直が出店した。恐ろしい事にメニューの刺身各種千円から・・・、これは一種類が千円だ。タコが、マグロが、イカが・・・あ、刺身のツマも千円でしめて一万五千円!時には調子に乗って一切れ千円って時もあった。

当時のことを思い出すのか?影野は酔うと叫ぶ。『テレクラありがとう!…ハウスありがとう!』

まったく反省の無い男である。


ところが、隆盛を極めたテレクラが「携帯電話」の進歩に追い詰められた。「メール機能」の登場だった。テレクラの副産物である出会い…その発展系の出会い系サイトのチャットや出会い系メールの新登場であっという間に廃れてしまった。

しかし、このテレクラ業界が大挙して出会い系に鞍替えしたのだから、彼らにとっては別に痛くも痒くもない。それどころか、店舗を構える必要もなくなり、電話と違ってメールのやり取りでは声を出すわけでもないので、サクラに女の娘を使わなくてもよくなり、彼らは大喜びの大歓迎だった。

ここでも、歌舞伎町の住人たちは、時代の流れを読み、敏感かつ、柔軟な頭脳で、小狡く、しぶとく立ち回ったという訳だ。

これらの進歩が数年後に振り込め詐欺や架空請求を生み出す。それはアッという間であった。

…やれやれ。

怒られます!
ヤクザライターの私はタマに抗議受けます。記述が間違っていたり、抗争を描いた場合に対立組織から『それ、ちょっと違うんじゃないか?』まぁ、こんな優しい物言いではないですが…。

心臓に毛が生えている私はヘラヘラヘラしてますが、電話を受ける編集部は大変です。内部事情を書いたとして、抗議する人物がその内容(その内部事情の事実を。また、誰が話してくれたのかも)を知らない場合もあります。中には鬼の首を取ったように手柄とする人物もいます。ネタ元は明かせませんし、その人物に迷惑が及ぶことも避けねばなりません。

さて、最初に抗議の電話を受ける編集部員、可哀相です(笑)
大概はビビってしまい『はい、はい、はい。済みません』
事実確認もせずに、簡単に謝っちゃうかぁ!
それじゃあ困るんだなぁ…。

以前、歌舞伎町の摘発を記事にした。
記事中の写真キャプションに『警察に抗議する外国人売春クラブ店長』
(まぁ、私がそう書いたわけじゃない。編集部がテレビやニュース報道に準じたのだ)
彼が激怒して編集部に乱入しました。
『俺は売春クラブ店長ではない!』
編集部員はヘコヘコ。店が閉店しそうで、単なるユスリだ。
写真の顔だって完全にぼかしてしているのに…。結局、払う。
(テレビ局なら警察を呼ばれるが、こうした雑誌なら屈服するだろう…ってことのようで)

それを聞いた私が激怒。先方を歌舞伎町で捕まえた。
ボカシ前の写真を脳裏に刻み付けていたからだ。
『おい!お前、売春クラブじゃないだと?あの時は入管の摘発だろ?オーバーステイや無資格就業だろ?何だったら売春クラブとして摘発させてもいいんだぞ!お前どうなる?経営者が稼業人だったら、ケツはお前に来るぞ!行儀悪いことしてることも分かるぞ! 雑誌の写真で本人はともかく、読者がどうしてお前だって分かるんだ!』

じゃアンタはどうして本人特定できたの?そんなことは言わない(笑)
彼は私に土下座することになった。『それだけは…』

……後日、
あるヤクザの親分が電話してきた。
『あんまり若いのをイジメんなよ』
…じゃネエかよ! でも、ちょっぴり、ゾォ~~~~~。
ヤクザは身内を守る。本来だったら怒鳴られていたことだろう。
彼より、歌舞伎町20余年の私の方が、親分にとって身内の意識が高かったってだけのことだ。ゾゾゾゾである。


そんなこともあった。でも、大抵は……、
誠心誠意、お詫びすることの方が多い。

まぁ、付き物の職業ですわ。

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逆に怒ることもある
歌舞伎町やヤクザ関係の物書きと聞いて、ビビリながら会う映像・出版業界関係者。
ところが…、私に会うと、その滲み出るお気楽さゆえに、必ずこう言う。

『いやぁ…怖い方かなと思いましたよ』
これはまだ許せる。
『日本の方ですか?いやぁ、良かった』
どういう意味だ!

私はペンネームのせいで外国人だと思われる事が多い。その事を怒っているのではない。私の取材対象はヤクザやアングラ系住人が多い。…と言うか、それだけだ。

私は彼らを人種や職種などの色眼鏡で見たことは無い。ヤクザであろうが、不良外人であろうが、身体を売っていようが…みんな、人間だ。その中身で付き合う。その中身を知らしめたい。

その台詞を口にした途端に、『お前とは仕事できねぇなぁ』と、何度言ったことであろうか? 相手の差別感や見下しを感じ取った時点で、そう告げる。どんなに美味しい話でもそう告げる。

…原因は自らの筆名にあるのにも関わらず。

ある週刊誌が山口組記事(その頃は表紙にそれがあるだけで売れた)を依頼してきたことがある。担当は二十代の編集者であった。

『他の媒体で書いていない情報を出していただけますか?原稿料は上乗せさせていただきますから…』
『あのねぇ…俺は数万円程度の上乗せで死にたくないから。出すか出さないかじゃない。出せるか出せないか…なの。それは、こっちの判断だろ…』
(念のために申し添えますが、死ぬことはまず…ない。過去に知人の歌舞伎町ライターが東京湾に浮かんだが、あれは私怨の自己責任)
『何とかお願いいたします!』
熱意はあった。しかし次の一言が私を怒らせた。
『ケツは私が持ちますから…』
ケツ? カチ~~~~~ン!
『誰が誰のケツを持つって? お前が俺のケツを持てるのか!逆だろ!』

せめて出版社が全ての責任を…くらい言えないものか? それは当たり前の話である。ライターがどう書こうと、写真家が何を撮ろうと、紙にして販売したら、出版社の責任だ。たしかにライターは自らの文章に責任がある。だからケツは自分で持つ。ゆえに保険も掛けておく。
一編集者の若造のお前からなぁ…ケツを持たれても。この若き編集者の将来のために脅かす事にした。

『じゃあ、そこまで言うなら、俺じゃなくて、自分で自分のケツを持ってみろ。お前、俺を怒らせたんだぞ。ケジメ取るぞ!』

後日、彼のケツを持ったのは、私の友人の前編集長であった。ちなみに彼は掲載記事の責任を取り更迭された人物である。社員のケツも持ててないじゃん!…そんな彼が謝ってきてもなぁ。

結局、降りた。その記事は大先輩の作家が担当した。
『降りたんだって?どうしたよ?……お前も青いなぁ』
電話の向こうで笑う。その通りである。

しかし、後輩が下りた仕事を請けるとは…。
誌面にそんな裏事情は出ないとしても、
書いてナンボのこの世界。
こうあらねば…と反省。
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