裏の裏は、表…に出せない!
実話誌等で暴走する裏系&馬鹿系ライターが、日本最大の歓楽街・歌舞伎町から発信するグダグダな非日常的体験と裏話。そして禁断の取材メモ!
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一攫千金の街
 歌舞伎町に長らく漂っていた。私は完全なる田舎者である。思い描いて上京した人生のレールだったが、何も考えずに楽な方向に進んでゆくうちに、気が付くと立っている場所は歌舞伎町だった。

 そういう意味では典型的な歌舞伎町人間だろう。なぜなら街の住人は私と同様に吹き溜まった人間たちがほとんどだからである。家出少年だった奴、夢見て頑張っている奴、手っ取り早く稼ごうとしている奴、何らかの事情を抱えてしまった奴…。自ら目指してきた奴、仕方なしに来た奴。何かを追いかける奴、何かから逃げている奴…。

 そんな人間たちに囲まれて、毎日を必死で、いや、何となく、生きているうちに、この街が本拠地となってしまった。

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 おかげで、今は街の事情や住人たちの話を書いてメシを食っているわけだから、これで良かったのか? 悪かったのか? 


 この街は突き詰めれば、男と女の世界、正と負の世界。たどり着く先は二種類。金を掴む奴と失くす奴、成功する奴と性交する奴。……ごめんなさい! ともかくヤクザであろうが、実業家であろうが、ホステス、ホスト、アングラ商売…。全ての住人の終着駅はこのどちらかである。天国か地獄か?

 そりゃ地獄より天国の方がイイに決まっている。景気のいい話の方が良さそうなので、一晩に億の金を手にした喫茶店のボーイの話をしよう。…といってもバブル時代の話ではあるのだが。



 歌舞伎町の高級クラブ街のど真ん中に某ビジネスホテルがある。ネオン街ということもあって、その利用のされ方は当然の事ながら逢引き用。ホステスと客、ホストと客 。つまり買う奴と売る奴。

 夜の街で考えられる組み合わせの殆んどが利用している。ネオン街ならではの特殊な組み合わせがほとんどだ。一般のカップルはラブホテル街に流れるために、このホテルはもっぱら歌舞伎町の住人たちの御用達である。

 ただ、一年に一度だけの大学の受験シーズンには、東京中のホテルが受験生とその家族で満杯になり、この歌舞伎町のビジネスホテルにまでも受験客が溢れる。学習環境としては日本で一番悪い場所に宿泊して受験に臨む学生。他人事ながら試験前日の追い込みが煩悩だらけの街。やっとの思いでホテルを取ったに違いないだろうが、実に同情してしまう。これも人生の乗り越えねばならない壁なのか?

 さて、ネオン街のど真ん中に位置するこのホテルに、お忍びのカップルが入るのにはかなりの勇気がいるのだが…。そこはそこ。抜け道がある。ホテルには地下・一階・二階と飲食店や美容院などがテナントとして入っており、チェックインさえしておけば、フロントを素通りして、その店の利用客に成りすますことが出来た。

 このホテル…。バブル時代はライオンで有名な不動産会社のホテルであった。沖縄のマンションにはシャレでシーサーを置いていることで有名な会社だ。歌舞伎町にもいくつかマンションがある。さっきからライオンと言っているのに隠すのも妙な話だが、歌舞伎町の住人たちにはヤクザマンションで有名なLマンションの会社である。

 この会社が都内一等地に超巨大なビルを建てた。それに伴い、無駄な資産を売却し、建設費を捻出することになった。回転率抜群の歌舞伎町のホテルが無駄だとは思えないのだが、ともかく売りに出すことにしたのであった。

 …で、どこか買ってくれる企業はないものだろうか?…と、ライオンの会社の幹部はホテルの横の喫茶店でヒソヒソ話をしていた。

 その話に聞き耳を立てていたのが、件のボーイ君であった。そのボーイ君のいる喫茶店は、実を言えばLホテルのライバルホテルの喫茶コーナーであった。その場所にはLホテルと並んでホテルが建っていたのである。

 ここからのやり取りは、あくまでも想像なのだが、ボーイ君は『その話、僕にまとめさせて頂けませんか!』と突然に切り出したのだろう。

 彼の勤める店のオーナー、つまり、軒を並べるホテルの経営者が、常日頃、従業員にぼやいていたらしいのだ。
『あのLホテルのせいでウチには客が入らない…。なんとかせにゃ!』

 彼のホテルは歌舞伎町のメインストリートである区役所通りに面したLホテルの陰に建っていた。そのせいか、まずLホテルに客が入る。Lホテルが満室になると、おコボレのように客を拾って、成り立っている状態だったに違いない。

ボーイ君はオーナーに進言した。

『ライバルのLホテルがなくなるばかりか、自分のものに出来るんです!』

そう言ったかどうかは分からないが、そういう話をオーナーに持ちかけた。

 かくして話はトントン拍子に進んだ。かつてライバル関係で、Lホテル関係者とは口も利かなかったはずの、彼のホテルのオーナーは即断したのである。それも他の買い手が現れる前に…。そりゃそうだ。Lホテルが他人の手に渡ると、一石二鳥どころでは無くなる。かえって華々しくオープンされて、自分のホテルが霞んでしまうことは間違いない。バブル期ということもあって、彼は破格の条件を切り出した。



歌舞伎町に現れると、まずその喫茶店でコーヒーを飲むのが日課だった私は、店内をキョロキョロと見渡した。

『あれ?彼、どうしたの?…あの調子のいいボーイ』

喫茶店の店長はため息混じりに私に告げた。
『あの野郎、億の金を掴んで、飛んでったよ!』


店長の話は嘘か真か? …その後、Lホテルは軒を並べて一軒のホテルになった。ホテルCとホテル・ニューCである。その後、経営者が変わったのか? かつて二軒だったホテルは、名前を変えながらも、今でもその場所に建っている。


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追悼 写真家・渡辺克巳
渡辺克巳氏、初の写真集…「新宿群盗伝」
こんなに危険な匂いのする写真集はあっただろうか?
そこに写っているのは、歴史の中で役目を終えた新宿の街並み、
歌舞伎町の得体の知れない住人たち…。
渡辺克巳のファインダーに囚われた男たちは、
日本刀、ナイフ、鉈…、持っているものに違いはあれども
全員が心の刃(やいば)を隠し持っているようだった。
オンナたちは屈託のない笑顔。しかし、その悲しさを隠しきれていない…。
いや、渡辺克巳がそれを浮き彫りにして見せたのだ。
平成18年1月29日、新宿の偉大な写真家が死んだ。
私は知って欲しい。こんな写真家がいたということを…。
歌舞伎町の新しい住人たちに、全国の写真ファンに…。
……そして忘れないで欲しい。


平成18年1月29日午前…。編集部で極道作家・出石大氏からの依頼で、「実話マッドマックス」のグラビアチェックをしていた。間違っても雑誌などに出て頂けるはずもない九州の親分が主催したパーティーの潜入グラビア。写っているのは表に出ることのない凄まじい侠客ばかり…。慎重を期すということで担ぎ出されたというワケだった。

私はそれらの写真を見つめながら、ふとデジャブに襲われていた。そういえば、かつて、こんなドキドキした気持ちで写真を眺めたことがあったなぁ…。それは何だったろう? 怖いものや見てはいけないものを見ているような…。見ているだけで、その世界に取り込まれそうな気分。その時、一本の電話がそのデジャブが何だったのかを教えてくれた。

電話は歌舞伎町写真家の董沙貝氏からであった。彼の本職は中国画家である。大学で絵画の講師をしながら、歌舞伎町に魅せられて筆をカメラに換え、街の写真を撮り続けている中国人フォトグラファーである。電話の向こうで彼はかなり慌てていた。

『ナベさんが…!ナベさんが!』 …まさか? 私は膝がガクガクと震えだした。そのまさかであった。…と同時に、私はデジャブの原因を理解した。写真集『新宿群盗伝・渡辺克巳写真集』。それだ!その写真集を初めて見た時のドキドキ感だったのだ。虫の知らせだったのだろうか…? これが、歌舞伎町という名の戦場カメラマン、渡辺克巳氏の死を知った瞬間だった。



……私は氏に届かぬ手紙を書くことにした。


拝啓 渡辺克巳様

長い間、お疲れ様でした。
あなたは毎夜、歌舞伎町に立ち続けました。
その根性には頭が下がる思いでした。
身体を壊し、ガリガリになった足で、歌舞伎町を飛び回る。

あなたの撮る人物は、たしかに歌舞伎町の景色になっていました。
被写体となった人たちの「現在」は勿論のこと、「過去」を思い浮かべさせられる写真の数々…。それだけでなく、
『この人、今はどうしているんだろう?』
「未来」までも思わせてしまう…全てがそういう写真でした。

コマ劇場前の広場にダンボールを敷いて、根気良くシャッターを押させる「何か」を待ち続けていましたね。

憶えていますか? ナベさんをホームレスと間違えた女の娘の話。
『おじいちゃん、帰るところないの?寒いからコレで暖まりなよ…』
缶コーヒーを差し出したのは、ボロボロの鞄に小さなぬいぐるみを沢山ぶら下げた女の娘でしたよね。
帰るところがなくて、男に声をかけて、その日暮らしをしているような女の娘。
『優しい娘だったんだよねぇ…。あの娘、環境や出会う人が良かったならば、イイ奥さんになって、いや、なれるだろうなぁ。…せつないねぇ』
そう言いながら、その娘に貰った冷めた缶コーヒーを、いつまでも手の中で転がし続けていましたよね。

初めてイカ墨スパゲティを食べて、美味いねぇ!と、口の中を真っ黒にして、夢中でアナタは話す。
『街に溶け込んだ、風景になったような…人物を撮りたいんだよ』

ナベさん…、実は、アナタがそうだったんですよ。

…ゆっくりと休んでください。


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渡辺克巳氏の代表作である「新宿1965-97」(新潮社)
表紙は歌舞伎町で知る人ぞ知る若き日の吉村光男親分
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歌舞伎町と最新機器の歴史
この20年の通信関連機器の発達は素晴らしいものがある。もしもタイムマシンがあったとして、20年前の人間に携帯電話を渡したら、どのような反応をするだろうか? 

黙って渡せば間違いなくトランシーバーだろう。電話機のように耳に当てて使用しないだろう。

口元に当てて「応答せよ!応答せよ!」だの、会話の最後に「…どうぞ」とか言うかもしれない。…言うだろうな。

バブル時代の最先端通信機器は、凄まじく技術進歩し、新機能を備えた新商品が次々と登場してきた。これらの最新グッズも最初に取り入れて最大限に活用するのは、世の中の中心にいるエリート層と、世の中の一番はずれた場所にいる歌舞伎町のアングラ世界の住人たちだ。

今回は歌舞伎町と最新機器の歴史を学びたい。


 留守番電話、転送電話、ポケットベル、自動車電話、携帯電話、伝言ダイアル、Q2、インターネット、電子メール、携帯メール…。彼らはすぐさま取り入れ、有効的に「シノギ」に活用する方法を考えては、自分たちのアングラビジネスに取り入れた。

 留守番電話や転送電話などは、ノミ屋などの非合法博打関係やデリバリー系売春がすぐさま取り入れた。留守番電話がノミ行為の、重要な証拠となるメモをなくした。また、賭けた、賭けないという客とのトラブルをも無くした。

転送電話は所在地ごまかしの摘発のがれに利用された。

ポケットベルは登場してすぐに、ヤクザ関係が若い衆を緊急招集したり、街を流すストリートガールに指示を与えるのに使用された。

この街の正業である水商売関係でも、歌舞伎町の誇る日本最大のキャバレーはあまりにも店舗が広すぎるために、ホステスに店内用のポケベルを持たせた。ポケベルを使って指名テーブルを知らせているのだ。

このキャバレーでは、現在でもこの方法を採用していて、事情を知らない客はホステスが全員ポケベルを持っているのを見て、「なんで?今時ポケベル?」と思ってしまうことだろう。しかし当時は革新的なアイディアだと感じたものだ。

日本人に外国人、ギャルからババアまで…という客のニーズの全てを取りそろえた感のあるホステス在籍ウン百人というこの店で、いちいちボーイさんがホステスに声を掛けたりしていたら大変だ。目的のホステスが「ドーム」といった方が適切な表現であるかに思える広大な店内の何処にいるのかを探し出すだけでも一苦労のはずだ。

「ミユキさん、何番テーブルご指名です」よくあるこの店内放送を、スピーカーで店内の全てに届かせようとすれば、大音量で落ち着いて飲んでいられないはずだ。放送回数もひっきりなしだろう…。

ポケベルの存在すら忘れかけていた最近だが、ある夜に仲間と無届けの深夜サパークラブで飲んでいた時の事だ。オレの席についた初顔のホステスが色白の柔らかそうな巨乳の谷間にポケベルを挟んでいる。オレは少々酩酊気味のそのホステスにズバリ言った。
「お前の早い時間(店)を当ててやろうか?」

歌舞伎町では、ひと夜に2店舗を掛け持ちするホステスたちがいる。いわば正業である12時までを早い時間(店)と呼び、その店がハネた後に「アフター」と称して酔客同伴でなだれ込むのが、副業の深夜営業のお店(大抵4時くらいまで)であり、このサパークラブのことを「深夜」と呼ぶ。ここでアルバイトするホステスも多い。

「絶対に当たらないよ~っ!へへへ。」
その娘は色白の巨乳を突き上げて、自信満々でオレに言った。彼女の自信の理由はこういうことだ。深夜サパーは高級クラブの黒服達が、自分の抱えているホステスを使って小遣い稼ぎをしている場合が多い。

12時に営業を終了する近隣の小箱の店と契約し、閉店後に又借りして「二部営業」しているのだ。家賃は「早い時間」の半分が相場。電気代、水道代、備品や消耗品などの使用料もコミコミの場合が多い。

したがって、彼ら黒服の在籍する高級クラブに勤務している担当のヘルプホステスたちがアルバイトしている場合が多い。当然、客もその様な高級クラブからの流れが多かった。

クラブホステスは、売上やクラス(格)によって出勤時間がまちまちだ。売上のいい者は「優待出勤」といって、規定の出勤時間より30分から1時間遅めの出勤が認められている。当然、一般的な出勤時間からの給与計算になる。勤務時間的な昇給だといえよう。

ヘルプホステスは、規定通りの7時30分から8時の出勤だ。お客を連れて店に入る「同伴出勤」に限っては、全員に8時30分の「優待出勤」が認められた。この場合も規定時間に出勤したことになり、その分の給与は計上されることになる。

このクラブホステスの出勤時間規定に対して、大型キャバレーでは出勤時間が早い。大箱キャバレーの中には閉店時間も早い店もあり、銀座の高級クラブのように11時30分から45分に閉店する店もある。キャバクラもキャバレーの流れを受けているので、出勤時間規定はどちらかというとクラブよりキャバレーに近い。ただ深夜の時間帯まで営業している店が多いのだが…。

深夜サパーは彼ら黒服たちが店を12時に終え、後片付けを済ませてからの開店と言う事になる。キャバレーのホステス達は1時間以上も時間を潰さねばならなくなる。バブルの頃ならいざ知らず、深夜の同伴客も焼肉屋や寿司屋で食事をご馳走したりせねばならなくなる。

黒服という人脈的なモノ以外にも、この時間的な関係で、深夜サパーでは大型キャバレー勤務のホステスも利用客も比較的少なかった。それが「絶対に当たらない」と笑った彼女の自信だったのだろう。

「じゃあ、当てよう…。クラブハイツ!」
「…!、どうして判ったの?え?来たことある?」

驚いて息を吸い込むと彼女の胸元がより強調された。オレはわざとらしくその胸元に顔を近づけて言った。

「ポケベル…。いまどきポケベル持っているホステスはハイツくらいだろ。」
「ああ~~っ!」

聞けばタイムカードを押し、フロントでポケベルを受け取ってから、仕事を開始するのだという。仕事が終われば返還する。その娘はお酒が入りすぎて、つい返還し忘れたのだという。

慌ててポケベルを巨乳の谷間から抜き取ると、エロ親父から挟んでもらったのだろうか?万札や千円札が数枚こぼれ落ちた。

「クラブハイツ」のホステスは通常は裏の従業員用のエレベーターを使って出勤するが、同伴出勤の時だけはお客用の直行エレベーターが使用できるという…。ホステスにとってはちょっとした栄誉だ。

話の流れでその栄誉をさっそく分かち合うことになってしまった。同伴出勤の約束をさせられてしまった。

クラブハイツはコマ劇場横の東宝会館の最上階にある。3台のエレベーターの一番奥にあるクラブハイツお客専用エレベーターには、名物おじさんともいえるTさんというポーターさんがいる。

オレは明日はたぶん巨乳と腕を組みながら、同伴出勤するのだろう。ホテルのドアボーイのような、ウグイス色の帽子と制服にエンジ色の鮮やかなネクタイを身に付けたエレベーターボーイとは呼べない年齢の古株名物おじさんであるTさんの「どもども、いらっしゃいませ…」という名口調を、店のある8階まで箱が昇っているあいだじゅう聞くことになる。

そして明日は土曜日だ。彼は必ずオレにこう言う・・・。
「今日は土曜日、お楽しみのビ~ンゴ大会の日でございますヨ。」

この「クラブハイツ」は最後のグランドキャバレーとして歌舞伎町世界遺産とも呼べる名所だ。この店にはバンド演奏とダンススペースがあり、社交ダンス大会全国2位の齢(よわい)ウン十歳というホステス様が指名をすればダンスのお相手をしてくださる。わざわざダンス用のエナメルマイシューズを持って日参する熱心な彼女のファンもいるほどだ。料金もリーズナブルだから一度お訪ねあれ。昔の日活映画で観たようなシーンと古き良き時代がそこにはあります。今は無きポケベルも見られて新鮮。

歌舞伎町でポケベルを持っているのは営業マンとヤクザ者。そんな時代があった。

歌舞伎町のフロントロビーのような役割の大型喫茶「パリジェンヌ」では、店内のどこかでポケベルが鳴ると、ヤクザ者が一斉に自分の右腰のベルトあたりを慌ててまさぐる。・・・そんな光景がしばしば見られた。そういえば、クロコやルイ・ヴィトンのポケベルケース・・・あれはいったい何だったんだろうか?

自動車電話、携帯電話も、アングラ社会では出始めの頃は、ただ単にステータスでしかなかった。ところが、実用的な小道具としてすぐさま認知された。

かつての歌舞伎町の地場産業であった「ぼったくり」では、店外にシキテンと呼ばれる見張りと、アトヅケと呼ばれる事後処理係がいた。ともに摘発やトラブルを避けるためのものだ。携帯電話が適当に小型化した時点で、トランシーバーから切り替えた。

しかし、しばらくは歌舞伎町の電波状況は最悪だった。

歌舞伎町という街のビルの建蔽率が原因だ。下から上まで見上げるネオンを思い浮かべて欲しい。狭い路地や2車線しかない通りに、高々と派手なビルが建っている。しかも「夜」の方が「昼」より明るく感じる。このビルとネオンは「不夜城」でもあり「迷宮」でもある歌舞伎町の大事な顔だ。ゆったりとした建築事情の国から来た外国人は、街の作りにネオンサインの多さが加味されて、映画「ブレードランナー」のようなゴミゴミした猥雑な近未来都市に見えるようだ。

実際にあの映画のリドリー・スコット監督は歌舞伎町をモデルとし、松田優作の遺作となった「ブラックレイン」でも、この街での撮影を希望していたと聞く。

そのため歌舞伎町のエンピツ雑居ビルの谷間では、初期の携帯電話だと電波状態が悪くて会話ができない。メインストリートの風林会館前の交差点でさえ、圏外であったのだから、初期型の7キロのショルダ-タイプでは何の役にも立たなかった。

…だから、この頃の携帯電話なんて単なるステータス。24時間7キロを担がせた可哀相な若い衆を、自慢げに引き連れたヤクザの親分もいた。

目の前に公衆電話があっても、若い衆の抱えた黒いバッテリーケースから伸びた無骨な受話器で、「あ、もしもし、俺だ!」なんて周囲に大声を撒き散らして、悦に入っていたのだから大笑いだ。

あの頃のことを考えたら、きっと穴があったら入りたいはずだ。実はオレもそうだった。店から持たされたショルダーフォン。重かった。

ところが性能が良くなり、小型化され、中継点も増えて電波状況もよくなると、ツールとしての威力を発揮した。

ぼったくり業界でも、「シキテン」や「アトヅケ」だけでなく「付け馬」にも持たせた。パトロール警官の尾行、摘発情報などの緊急連絡にも最適だった。彼らは歌舞伎町交番の前に、携帯電話を持たせた監視役を、毎晩立たせていたのだ。

携帯電話の普及とともに、飛躍的に成長した歌舞伎町発のアイディア商売から、一大産業となった業種に、テレクラ(正式にはテレフォンクラブ)というものがあった。

最初はテレフォンセックスが目的だったが、いつしか、出会いを作り出すようになった。このシステムの発案チェーンは何店舗も店を構えて、歌舞伎町のそこらで「イ~チジカ~ン、八百円!八百円!」という甲高い女性の客寄せアナウンスが流していた。

エビ通りと西武新宿通りに店が残ってはいるが、このアナウンスは騒音等の規制で聴かれなくなった。昼の人気帯テレビ番組では、CM前に街の風景を映し出していたが、その画面の中にもアナウンスは街のBGMとして流れていた。今となっては懐かしい。

このMという会社、ちょっと色々あるのだが、今はチィとヤバイ。それは別の機会で暴露っちゃいますけど…。

そのテレクラに、プロのポン引きや売春関係者が飛びついた。地場産業のぼったくり業界もしかり。ガールキャッチが有効活用していた。まぁ、ぼったくりの獲物の「養殖イケス」みたいなものだった。

ワンコールで餌食が簡単に入れ食い状態だからたまらない。「じゃ、ホテルに行く前に軽く一杯」で、ぼったくりバーに誘う・・・。

獲物は股間が充分に膨らんでいるもんだから、誘えばドコにでもついて来る。サッサと飲んで、早く目的地に行きたいのだ。

このために気軽に入れて、間違っても警戒されないであろう、蟻地獄のような「ぼったくり居酒屋」を、オレの友人、ボッタクリの帝王、かの影野臣直が出店した。恐ろしい事にメニューの刺身各種千円から・・・、これは一種類が千円だ。タコが、マグロが、イカが・・・あ、刺身のツマも千円でしめて一万五千円!時には調子に乗って一切れ千円って時もあった。

当時のことを思い出すのか?影野は酔うと叫ぶ。『テレクラありがとう!…ハウスありがとう!』

まったく反省の無い男である。


ところが、隆盛を極めたテレクラが「携帯電話」の進歩に追い詰められた。「メール機能」の登場だった。テレクラの副産物である出会い…その発展系の出会い系サイトのチャットや出会い系メールの新登場であっという間に廃れてしまった。

しかし、このテレクラ業界が大挙して出会い系に鞍替えしたのだから、彼らにとっては別に痛くも痒くもない。それどころか、店舗を構える必要もなくなり、電話と違ってメールのやり取りでは声を出すわけでもないので、サクラに女の娘を使わなくてもよくなり、彼らは大喜びの大歓迎だった。

ここでも、歌舞伎町の住人たちは、時代の流れを読み、敏感かつ、柔軟な頭脳で、小狡く、しぶとく立ち回ったという訳だ。

これらの進歩が数年後に振り込め詐欺や架空請求を生み出す。それはアッという間であった。

…やれやれ。

歌舞伎町の女彫師  ~天花彫~
夜の歌舞伎町を歩く。
キャバクラ嬢や風俗嬢といった夜の住人達とすれ違う。
季節が夏ならば、イヤでも露出部分に目が行ってしまう。
腰、肩、腕、足…。タツゥーを入れた女の娘がやたらと多いのである。
中にはワンポイントではなく本格的な彫り物の女性もいる。
この街ではファッションのカテゴリーとして既に市民権を得ているように感じられる。


そんな住人達の風の噂…この街には名物・女彫師がいるという。
彼女の名前は「天花彫」。
裏・歌舞伎町にタトゥースタジオを構え、夜の住民達の背中に「人生」を彫る女であった。


「普通の家庭に育った画家志望の少女でした。油絵を美術展に応募し必ず賞を頂いていました。関係者から焼き物の絵付けや着物の図案をやらないかって話もしょっちゅうでした。ところが、ある人物に出会ったんです。彫師の二代目大門さん。最初は知らなかったんですよ。美術談議に花が咲いて、アトリエに遊びに行きます…って。えっ!入れ墨?…驚きました。しかし、白い肌に刻まれた刺青の美しさに魅了されました。この人は私の人生を変える人だ!こうして弟子入りを決めました。作画の方は出来上がっていましたから、来る日も来る日も人の背中に向き合って技術を学んだんです。」

彼女の作品には力強さの中に女性らしい筆致と視点が見て取れる。天女、梵天、観音…顔立ちが慈愛に満ちて実に柔らかい。
反面、不動明王、龍、唐獅子といった伝統的な図案はあくまでも荒々しく力強い。顔や眼が活きている。
美術展で数々の賞を総ナメしていたというのも頷けた。
…ところで、歌舞伎町という土地にスタジオを構えると言う事はどうなのであろうか?


「そりゃあ土地柄、ヤクザ屋さんは多いですよ。彫っている時に世間話をしているだけで裏事情には詳しくなりますよ。この間も彼らが次々と予約をキャンセルしてくる。こりゃ抗争だなと、スタジオに籠もっていても分かってしまうんです。ヤクザ激戦区ならではです。ところが、待合室では対立している組同士がカタギの客を交えて入れ墨談議で盛り上がっていたり…。ケンカ?無いですよ。稼業同士が頻繁に出会う場所では暗黙のルールで御法度ですから。彼らにとっては公共の場ですからねぇ。外国人も多いですよ。パスポートが無い奴もいる。アジア、南米…。お国柄も文化も尊重している。でも時々、えっ!と驚く依頼もあります。その国の言葉を彫ってくれって。梵字やアルファベットは勉強しますが、アラビア語やペルシャ語なんてねぇ(笑)」


書棚には数々の美術書が並んでいる。
浮世絵、歌舞伎絵、著名な日本画家の作品集に加えて、梵字、神話、東洋や西洋の古典美術や宗教画集など…。
彼女の元に訪れる多種多様な人間が想像できる。
取材中もベトナム人の男女が相談に来ていた。
女性は口唇に朱色を入れたいと言う。自国で流行しているらしい。
天花彫は顔に彫る事が好きではなくヤンワリと断る。
男性は故国で彫った筋彫りを直したいと背中を見せた。そこには子供のイタズラ描きの様な自由の女神が彫られていた。一同大爆笑。彼も苦笑いしていた。
外国の刺青を見ると日本の刺青文化や技術の高さが再認識されると彼女は言う。このやり取りを見ていて不思議に思った。
天花彫は日本語しか使っていないのに、何故か?日本語の怪しい彼らには通じているのだ。彼女の笑顔に人柄を垣間見たような気がした。


「刺青っていうのは自分の手元に置けない作品でしょう…。彫師が皆んな抱えている葛藤です。大切にしてもらえない時は悲しいねぇ…。タイの女の娘に彫った時も、私が女性だから言えるんだけど、擦れるからセックスはダメ、正常位はノーだよって言っても、やってしまう。どうして?と聞くと、彼女はそれが商売なんですよ。他にも多重債務で裏風俗に堕ち、それを機に彫って欲しいと言う女性も…。切なくなりますよネェ。完成できない事も寂しいかなぁ…。借金やヘタ打ちで街から消えたり、鉄砲玉になったり、懲役に行ってしまったり…。『しばらく行けなくなったから出てきたら完成して下さい』って伝言され、どうしたんだろう?と思ったら、世間を騒がせた五菱会系のヤミ金グループのメンバー達だったって事も」


任侠の世界では刺青を別名「我慢」と呼ぶ。
背中に墨を背負う多くの任侠人を見てきたが、彼女が驚かされたのが稲川会の侠であった。
何度止めても侠の意志は固く、結局は三日連続・計四十時間で彫り上げた。彼女は根も精も尽き果てた。もっとも、激痛に耐えた彼の方が凄まじかった。終わると髪の毛が逆立ち、全身から熱を発していた。並大抵の精神力では無かったと彼女は言う。


「歌舞伎町というよりも、新宿って事で一般の人が意外に多いんです。OLが会社帰りに寄ったり、セールスマンが営業をさぼって入れに来たり…。ある女性がワンポイントを入れ、それを見た彼女の同僚たちが『私たちも!』って埼玉から小型バスで大挙して…。聞けば全員が同じ病院の看護婦さん。『大丈夫なの?婦長さんに叱られない?』…ところが最初の女性が婦長さん(笑)。困るのが未成年者。他人の身分証明書に親の承諾書を偽造して…そりゃ分かりますよ。一週間で消えるボディペイントをしてあげると喜んで帰りました(笑)。私が女性って事もありますかねぇ…彼氏が彼女を連れて来て『他の男には肌を見せたくない、触らせたくない』って事も。よくあるのが男の名前を入れたいっていう…。何度も決意を聞いて…結局、彼氏に電話して確認した事もあります。レズの娘が女の名前、ホモが男の名前って事も…。見せるファッションになってきましたから…女性ならではの相談も多いです。元来、お節介なのか?事情を聞いているうちに人生相談になってしまう事もしょっちゅう(笑)」

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ヤクザ、キャバクラ嬢、風俗嬢、ホスト、裏稼業、同性愛者…夜の街独特の住人たちに加え、主婦、OL、学生、サラリーマン、クラバー…。
様々な人間模様を見続けた彼女は言う。

『この街は面白いわぁ』

この言葉は「覚悟」や「生き様」の他に「悲しみ」や「業」も身体に刻んでいるのだと気付かされたからではないだろうか?



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~街づくりは住人たちの手で!~ 賞賛!ゴールデン街の若き住人たち。
私は歌舞伎町の住人ではあるが、ゴールデン街が大嫌いである。
同じ歌舞伎町ながら、あの街は別世界。
住人たちや客、何となく人種が違うように思っている。
とにかく貧乏ったらしい。ウジウジしている。エセインテリ。文化人気取り。
負け犬の巣。馬鹿まるだし! 
小学校の時に教室の隅に置かれたゴミ箱の付近に集まって、自分たちだけのコミュニティを作っている、根暗で、馬鹿で、運動オンチのハブっ子たちがいた。
あいつらと同じだ。
……考えただけで、煤けた匂いと小便の臭いが鼻に付くような気がしてくる。

この街では誰もが時間が止まったかのように、カウンターの止まり木でグズグズ呑んでいる。…か、と思ったら、安酒で泥酔、隣席の見知らぬ人間に、政治、芸術、演劇、文学、あらゆる議論を吹っかけてクダを巻く。

ああああ……考えただけでイヤだ!

ゴールデン街は昭和を残した最後の呑み屋街。
正確に言えば花園○番街・三光商店街など各路地ごとに名前があるのだが、
うるさい事は言わず、新宿ゴールデン街! 
元々は青線(非合法売春街)であった。
その名残りは現在の各店舗にも色濃く残っており、二階や三階がソレ用の部屋だった。
戦後、新宿が復興してきて、露天商や屋台の飲み屋なんかを押し込めた場所がここなのだ。

お店の殆んどは三坪から五坪。
それはこの街の造りが棟割りの長屋形式になっているからで、四つの店舗がひと棟。
その成り立ちから、完全に区画整理されている街でもある。
棟と棟の間に細い路地があり、其処を抜けてお店をハジゴする。
それがこの街の楽しみ方であると言う。
水商売で広く言われる言葉、「一見、裏を返す、常連」
『一回や二回くらいじゃ、この街の面白さは判んないよ。三回目からがお楽しみさ!』
とほほほ。一回で充分!
……大嫌いだ。

バブル期に地上げ攻勢を受け、三坪が一億円という驚きの価格にまで上昇し、
そこかしこに空き地や管理店舗と称する空き店舗が、
ババアの抜けた入れ歯のように惨めな姿を晒していた。
たが、ゴールデン街の崩壊前にバブル自体が崩壊してしまい生き永らえた。
現在は、そうした昔からの店主の撤退した店舗を借り、若いオーナーも増えた。
彼らがゴールデン街に新風をもたらせた。
三坪から五坪の店をそのセンスと自由な発想で蘇らせた。
今では最先端とレトロが共存する空間に変身。
以来「昭和」をそのまま残しながら「今」を取り込んできた街でもある。
忘れていた子供の頃のおもちゃ箱をひっくり返したような気分になれる……というが、
近寄りたくもない。
……大嫌いだ。

そんなゴールデン街の若い店主たちが中心になってイベントを開催するという。

大艶会!桜フェスティバルである。
http://www.hanakin-st.net/sakura-festa/

場所は歌舞伎町世界遺産とも言える夢ドーム“最後のグランドキャバレー”クラブハイツ!
http://www.clubheights.com/
日本最大のグランドキャバレーにして歌舞伎町最後の生き残り。
客席数五百席、コンパニオンの在籍は二百名。
若手からベテラン、外人までよりどりみどり。
巨大なドーム型の店内、三千万円也のゴージャスなシャンデリア。
有名タレントのショー、豪華なバンド演奏をバックに社交ダンスと、大人の世界が連日連夜繰り広げられている。いや、…いた。
斜陽著しい歌舞伎町の向かい風をマトモに受けて、さすがの夢ドームも田んぼの真ん中や、放課後の体育館で飲んでいるような気にさせられる昨今だ。

そのクラブハイツを借り切ってのイベントだ。
この店はよくイベントに使用される。
新宿プロレスや風俗嬢たちのシンデレラコンテストなどの会場にもなっている。

私は、悪徳ディスコ経営と、その経営破たん後には、オーガナイザーと呼ばれる若いクラブイベンターやDJなどを影で操って暴利を貪っていた。
現在は一世を風靡しているあのエロカワイイも、当時は売れない小太りの歌手というよりも、単なる気さくな大阪のネエちゃんだった。
そういうイベントに参加して唄ったことも一度や二度ではない。
そのイベントを同じビルにあるCODEというクラブで開催していたのだ。
そういう悪徳イベントを開催しているくせに、トランスの4つ打ちのビートが喧しくて大嫌いで、すぐ上のハイツにイベントが開催される度に逃げ込んでいた。
(それから離れた今は、なんとなくそういうジャンルのCDを買ってしまう自分がいるが…笑)
まぁ、その頃の話は、今度、じっくりとするとして……。

ゴールデン街のイベント?
暗くて、貧乏たれで、酒癖の悪い奴らが集まってるのかよ?
各店舗がパフォーマンス・ショー? 
学芸会かよ? 
どれどれ……鼻で笑ってやろうか?

さっそく、一名様、五千円のチケットが届けられた。
ゴールデン街が大好きなD出版社の編集長T氏からのお誘いであった。
ハイツで開催している割にはお安いチケットだなぁ…ぶふふ。

参加するのは、私と同じくゴールデン街にまったく理解を示さない歌舞伎町物書き軍団。
変な中国人「歌舞伎町案内人」李小牧!
http://www.leexiaomu.com/
「女衒」「夜王」などでブレイク直前の「平成の女衒」武内晃一!
http://www.zegen.com/top.html
そして、暗黒街のスポークスマン「歌舞伎町コーディネーター」神峻!
……最近、この三人が、やたらとつるんでいる。
まぁ、それは幾つかのコンテンツを共同でプランニングしているからであるが、それはおいおいおい…と、お届けするとして…。
お前ら!遊びすぎだろ!というくらいに、トリオ・ザ・歌舞伎町である。

夕方、五時の集合だったが、連日のお遊び三昧、週末に溜まった原稿書きというトリオ・ザ・歌舞伎町が、全員、寝ぼけ顔で集合したのは六時過ぎ……。
たいした酒も食事もないんだろうと、すぐそばのコマそば(コマ劇場のそばだからコマそば?…ここのカレーライスは間違いなく歌舞伎町一のお母さんカレー!)でソバを掻きこむ。小腹を満たした我々はハイツ専用エレベーターに乗り込む。

扉が開くと「夢ドーム」多分、きゃははは…だろう。

…………驚いた。
そこには千人以上の人間が盛り上がっていた。いや、もっといたかもしれない。
クラブハイツがこうなっているのを十年近く見ていない。
営業とは関係ない様々なイベントでもだ。

ボランティアのエスコート係に案内されてT編集長のいるエリアにたどり着く。
店舗ごとにテーブルやエリアが決められており、それぞれ趣向を凝らした店?いや、テーブルになっている。
まずそこにチャックイン?して、スタンプカードで各店舗を廻れるようになっている。
六本木で開催されて人気を博したキャバクラ万博(キャ万博)のシステムに近かった。
それでも、こんなに人はいなかった。
あとで分かったのだが、主催者たちが精一杯のオシャレや仮装を呼びかけたので、華やかなファッションの人たちが多い。その殆んどが、実に楽しそうな笑顔だ。
明らかに、乗り遅れている。呆気にとられた私たちは顔を見合わせた。

ステージでは各店舗プレゼンツのパフォーマンス・ショーが演じられていた。
それは学芸会?……違った。……ごめんなさい! 土下座状態で前言撤回。
ひねくれの私の言い方は悪いかもしれないが、ゴールデン街は才能の宝庫。
埋もれた? 世に出なかった、出ようとしている才能の宝庫だ。
そういう意味では歌舞伎町以上かもしれない。
夢のために金を手にするには手っ取り早く歌舞伎町の中心に向かえばいい。
それをこの街の住人たちはゴールデン街を選んだ。
うまくは言えないがそういう事だ。
キャバクラなどの飲み屋で「わたし女優志望なんです」「ホントは○○なんです」なんて言うのがいるが、この街では、そうした見慣れた、聞きなれた「口だけ○○」ではなく、ホンモノの才能だ。

サルサバンドでステージ間近まで人が溢れた。
LOS・BORRACHOSというバンドだ。
FLAPPERというお店の製作イベント。
巨大なドームのフロアが揺れた。
地震ではないのか?と最初はギョッとした。
リズムに合わせて揺れ続けた。
このビルは耐震偽装か?
実は、歌舞伎町の古いビルは頑丈に出来ている。
同じビル内にある「CODE」でさえ揺れはしない。

わたしたちのいたブースエリアは「夢二別館」であった。
接客をしてくれていたオネエちゃんたちがステージに立つという。
実は彼女たちは「紫ベビードール」というお色気パフォーマンス軍団だった。
「夢二別館」のママも、映画や舞台で活躍する女優の顔を持つ。
http://www.geocities.jp/yumeji0606/index-2.htm


大酒飲みの李小牧が最初に壊れた。
李小牧はステージかぶりつきで彼女たちを応援する。
気さくで、陽気で、オシャレで、義理堅く人当たりのいい……、
けして本人には口にはしないが、私が彼を尊敬する最大の大好きな理由だ。

あのニヒルな武内晃一もフロアに出てきて、手拍子をしている。
彼女たちのショーはコケティシュでセクシーで可愛らしかった。
ママも、ステージ後半に登場し、弾けたようにダンス!
……ママだけが黒いベビードール。なんとなく意味深。

こうしたイベントを見守る人物がいた。
BAR「流民」のオーナー・大倉弘氏であった。
http://www.hanakin-st.net/liumin/index.html
このイベントの主催者である。
金髪で黒いコート、静かに会場内を廻り、参加者の楽しそうな顔を見守っている。
彼が、若き店主たちに声を掛け、夢を具体化し、実現した。
……大成功であろう。

住人たちが作るイベント。
主催は大倉氏が中心の「桜フェスティバル事務局」
「新宿区」も「歌舞伎町商店街振興組合」も協賛も後援もしていなかった。
行政のお仕着せではなく、自分たち自身で街の将来を考え、作り出してゆく。
今の、歌舞伎町に欠けている最大のネックだ。

「笛吹けど、踊らず……」
はたして、その笛すら、真剣に吹こうという者が歌舞伎町にいるのだろうか?
この一番、難しいことを彼はやり遂げている。

この現実を目の当たりにして……驚きを通り越して私は感動していた。
どんな苦労が彼にはあったのだろうか? ……ない訳はない。
我々は名刺交換をさせていただいた。
『こんな場所で会えるなんて思わなかったなぁ…。そうですか、そうですか』
彼は歓待してくれた。
『楽しんでいって下さい!』
静かだが、自信に満ち溢れている言葉だ。
斜陽の歌舞伎町で、この言葉を自信たっぷりに言える社交飲食業主がいるだろうか?
……楽しんでますとも!

……それにしても、
セクシーダンスのTAMAYO嬢のパフォーマンスで、ハッチャけた、変な中国人道案内!
……あんた、弾けすぎだって!

彼は言う。
『中国ではまずこんな同業者や競争相手が集まったお祭りなんて無い。みんな、自分のことしか考えていないから…。これはすごくイイですね』
武内が李に答えた。
『今の歌舞伎町だってそうなんだよ……』
私は武内の言葉に黙って頷いた。

我々、三人がつるんでいるのは、実は、歌舞伎町復活に本気で取り組もうとしているからである。今しかない、今だからこそやる、それは、もうアトがないからである。

その活動の第一弾が、来る5月17日から21日、コマ劇場前広場を野外劇場とし、その後、シアターアプルで演じられる舞台がある。「夢・歌舞伎町物語~歌舞伎町を創った男・鈴木喜兵衛」である。李小牧原作である。

わたしの連載「歌舞伎町の侠」も次回はこの“鈴木喜兵衛物語”となる。
そして、NPOを立ち上げて、本格的活動に入る予定である。
9月にはその歌舞伎町コマ劇前広場で行政や有識者、住民代表を集めた「歌舞伎町討論会」を行う予定である。日本テレビの新しいドキュメンタリー番組で二週に渡って放送される。
歌舞伎町の現状と問題、そして未来……。
笛を吹いてみるのだ。

今度、大倉弘氏のお話をじっくりと聞きたい。
T編集長!誘っていただき、感謝します!

そして……訂正します。
私はゴールデン街が大好きです。
その素晴らしさに気が付かない私は愚か者でした。

実に素晴らしいイベント!楽しい酒であった。

明日は、さっそく! ゴールデン街に繰り出そう!

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紫べビードールのみなさん
http://babydoll.pussycat.jp/

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彼女たちのパフォーマンス!

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会場を巻き込む!
[~街づくりは住人たちの手で!~ 賞賛!ゴールデン街の若き住人たち。]の続きを読む
夢 歌舞伎町 ~歌舞伎町を創った男~ 鈴木喜兵衛
5月17日から21日まで、実にユニークな演劇が公演される。
タイトルは『夢・歌舞伎町物語』である。

歌舞伎町を創った男・鈴木喜兵衛をモチーフにした作品である。

コマ劇前広場(正式にはシネシティ広場というのだが、歌舞伎町の住人たちは噴水があった時代から、ここをコマ劇前広場と呼ぶ)を野外劇場として使用し、実際の歌舞伎町のビルやネオンを舞台装置に使用するという大胆な試みの芝居である。
しかも、本物のパトカーや消防車まで登場するという。

出演者には「歌舞伎町案内人」の李小牧(彼が原作を担当している)や、ホスト業界の雄「愛田観光」の現役ホストなど実際の歌舞伎町の住人たちも出演する。

後援は歌舞伎町商店街振興組合、新宿区も名を連ねている。

歌舞伎町の住人たちと行政が手を取った街づくりのための大掛かりな仕掛けでもある。
その成功を大いに期待している!

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シアターアプルとコマ劇前広場を使った大胆な移動演劇!


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原作は李小牧、演出は東京ギンガ堂・品川能正 主演:大沢樹生、耿忠
[夢 歌舞伎町 ~歌舞伎町を創った男~ 鈴木喜兵衛]の続きを読む
歌舞伎町ビル火災事件の闇
黒煙が立ち込めた歌舞伎町の雑居ビル

東京・歌舞伎町で五年間も放置されていたビルが解体された。
ネオン街では次々と店が開店し、新たなビルに建ち変わる。
そんな街の移り変わりのなかで、歌舞伎町の住人や訪れる客たちにとって、そのビルは特別な存在であった。

あの忌まわしき歌舞伎町ビル火災事件の明星56ビルである。

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新宿駅から歌舞伎町の中心である新宿コマ劇場へ抜ける歌舞伎町一番街にそのビルはあった。
有名な歌舞伎町看板のあるメインストリートでもある。
事件が起きたのは01年9月1日、金曜日から土曜日にかけて歌舞伎町が最も賑わう深夜1時であった。
最初の119番通報はビル4階にあったキャバクラ「スーパールーズ」の従業員であった女性からである。
『歌舞伎町なんですけど、火事みたいで煙が凄いんですよ、歌舞伎町一番街のスーパールーズです。早くきてください、出られない、助けて!』
その2分後には第二の通報が同店からされている。
やはり女性従業員である。
『火事です、今現場いっぱい、4階、もう避難できないんで、早く助けてください。10人ぐらい。お願い!』
その後、続けざまに同様の2本の緊急通報が入電した。

明星56ビルはまさに歌舞伎町を凝縮したようなビルであった。
一階は風俗無料案内所、二階はナースイメクラ「セクハラクリニック」、三階はのちに違法ギャンブル店と判明した麻雀ゲーム「一休」、地下にはカジノ「クイン」とニュークラブ「レイン」が入居していた。
何度も何度も悲痛な声で通報があった「スーパールーズ」は同ビルの四階、当時歌舞伎町で人気を博した“抱きキャバ”と呼ばれる店であった。

長く伸ばされたハシゴ消防車のゴンドラで、黒煙に晒されて煤けたセーラー服とルーズソックスの女性たちが、意識不明の状態でレスキュー隊員に抱きかかえられるように運ばれるニュース映像が今でも生々しく記憶によみがえる。

出火元は三階の麻雀ゲーム店「一休」。
エレベーター付近から出火して四階の「スーパールーズ」に延焼拡大した。
黒煙で四階はパニック状態に陥っていたのが消防庁への通報で分かる。

実は、この事件の最初の通報は0時59分の『ビルから人が落ちた』という通報であった。
火災から逃れるために飛び降りた麻雀店男性従業員3名が、人通りの激しい歌舞伎町一番街に降ってきたのである。
それを目撃した人間からの救急車要請が最初の通報であった。
その後、一連の火災通報が続くが、熱や煙を感知して火災発生を知らせる自動火災報知設備は作動していなかった。
これは以前に消防立ち入り検査でも指摘されていたが、まったく改善されていなかったのである。

『もし、警報ベルが正常に作動したとしても、歌舞伎町では酔っ払った客のイタズラっていう場合が殆んど。またかぁという程度の認識で、誰も席を立たなかったでしょうね。だから炎を目撃した麻雀店の従業員が驚いて慌てて飛び降りた。近くにいた私たちもボヤ程度にしか考えてなかったよ。消防車が来る前に消火器で鎮火するのではないか? 立ち入り禁止エリアが拡大されてゆき、あれよあれよと言う間に大惨事になって……』
火災事故の一部始終を目撃していた客引きはこう言う。

この火災事故では消防車両101台が投入され、361名の消防隊員および団員の消火救助活動が行われた。
以下は彼らの通信記録からの抜粋である。

『四階に救助中の人が14名いる模様です。現在救助活動中です。けが人が28人でうち23名は重体です。現在、火は消えています』(3時5分)
『34人が救助され、うち1人死亡30人が心肺停止状態』(3時40分)
『44名が消防隊により救助を完了した模様』
救助の終了が報告されたのは4時。

しかし、『救助者47名のうち11人は死亡。残り36人のうち33人は重体』(5時)
『救助者47名のうち21人が死亡。残り26人のうち23人は重体』(5時20分)
そして7時には『44名が死亡』と報告された。
そのいずれもが一酸化炭素と有毒ガスの吸引が死因となった。
出火時に救助が必要であった出火元の三階にいたのは19名、延焼した四階には28名、合計47名。
消防隊が駆けつけた際の要救助者44名は全員死亡という痛ましき火災事故となった。
助かったのは『ビルから人が落ちた』…火災発生時に飛び降りて脱出した3名だけであった。

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解決を遅らせたのは歌舞伎町の闇

この事故にはいくつかの疑問と謎が当初から指摘されていた。
出火場所にある鉄製ボックス内のガスメーターはガス管から外れて落下していた。
2本のガス管からはガスが漏出していたとみられているが、ガス管とメーターを繋ぐネジが緩んだ痕跡はなかった。
メーターには下から千度を超える高熱を受けた形跡がみられ、のちに人為的な衝撃が与えられていたことが認められた。

消防庁は現場検証や燃焼実験を重ね、短時間で急激に温度が上昇した原因は、放火による可能性が否定できないとした。
いくつもの消防法違反も指摘された。
放火でなくとも人災であることは明白であった。
殺人といっても過言ではない。


この事件の解決を遅らせているのは歌舞伎町という街の闇である。
事件の背景を思わせるかのような報告も捜査本部に寄せられた。
その情報の中にはビル所有会社の胡散臭さがある。
立ち退きや賃借料を巡ってテナントとのトラブル。
その一部は訴訟にもなっていた。
ビルの賃料は相場に比べて割高だったと証言する人間もいる。
所有会社は競売物件でこのビルを所有した。
占有屋がいるような複雑な権利関係の不動産だったのである。
ビル所有会社はそうした物件ばかりを扱っていた。

歌舞伎町の裏不動産をシノギにするA氏(52)はこう話す。
『何もあのビルだけではない。歌舞伎町全体がそうであると言っても過言ではない。権利関係が複雑で又貸しや営業権譲渡などが何重にもされているケースは多い。違法風俗店や賭博店などの場合には責任の所在をたどり着けなくする意味もある。本来だったら高額な保証金を積まないと借りることが出来ないテナントを、保証金を下げて家賃を割高にし、営業しながらペイしてゆけるように中間の賃借人…つまり裏不動産が賃借条件を変えるんだ。短期間に稼げる法律スレスレの商売が出来る歌舞伎町に相応しい条件にね…。ビルオーナーのほとんどは家賃収入目当てに知らん顔。それ目当ての会社だったってことさ』

他にも、違法賭博であった麻雀店の大金をつぎ込んだ客とのトラブルやキャバクラなどの色恋沙汰のトラブルまで、いくつもの証言や報告がされた。


注目すべき最大の謎は45人目の被害者がいたのではないか?という目撃証言である。
火災現場から大久保方面に200メートルほど離れた場所、血だらけの男が歩いていたという証言である。
火災発生時刻から5分後のことであった。
飲食店の呼び込みが目撃したこの男は、全身血まみれでふくろはぎから大量の血を流していた。
救急車を呼ぼうかとその呼び込みが声を掛けた。
男はそれを断り、片足を引きずりながら消えていった。
その頭髪は爆風を受けたように逆立っていた。
この時、ほんの数百メートル離れた場所で大惨事が起きていることなど、その呼び込みの男性は知る由もなかった。
捜査本部はこの証言を元に男の足取りを追った。血痕と足跡が目撃場所の近くの駐車場で発見された。
その駐車場は歌舞伎町の最深部にあった。
歌舞伎町に詳しい人物? 
なぜならば駐車場は遊びに来る一般の人間が利用するような場所ではなかった。
付近の病院などにもこの男は現われていない。
そのケガが火災事故に関連しているのなら、何らかの関係があるのではないか? 
捜査当局は色めきたったが、現在でもこの不審な男は見つかっていない。


捜査本部はビル所有会社のオーナー・関係者などを逮捕し解散した。
しかし、2005年の2月に再編成されている。
実はこの時に放火犯の容疑者らしき男を、あと一歩まで追い詰めていたという証言がある。
歌舞伎町の風俗店に勤務していた朝鮮族の中国籍の男である。
中国東北地方(旧満洲=遼寧、吉林、黒竜江の3省)出身者、もしくは日本に帰国した中国残留孤児の二世~三世らしき人物だ。
中国のこの地域は貧しいが、歴史上、日本と関わりが深く、高校でも日本語を教えており、日本社会にも溶け込みやすい。
彼は血だらけで闇に消えていった男だったのであろうか?


そうした中国朝鮮族が組織するのは東北幇である。
東北幇は火災事件の一年後の2002年9月、新宿歌舞伎町風林会館1階のグリル「パリジェンヌ」でが日本のヤクザ2名を殺傷。
銃撃犯は黒龍江省出身。事件後、中国に逃亡した。
日本のヤクザは報復を開始した。
関連があるとされる直後の歌舞伎町の中国人クラブでの連続異臭事件。翌月には新宿区上落合で刺殺された東北幇メンバーの死体が転がった…。

事件直後に寄せられた情報の中には、火災現場の近くのファーストフード店で『麻雀ゲームに負けたので腹いせに火を付けてやった』と話していた男の情報、出火の30分ほど前に3階の麻雀店のドアを蹴っていた男がいたという情報ももたらされた。

また、事故当日の7時40分頃に共同通信横浜支局に一本の電話が入った。片言の日本語で『日本人、思い知ったか』と男は二回繰り返し、『新宿、思い知ったか』と言って電話を切った。


この火災事故を大きな教訓として、のちに消防法も風俗営業法も改正された。
歌舞伎町のテナントビルでは消防庁の厳しい査察と指導が行われ、風俗社交店の管理者には指導がなされ公安委員会発行の身分証明書の携帯が義務付けられた。
違法店の無許可営業だけでなく、ビルの又貸しなどの権利確認、ビルオーナーには無許可店や違法業種への貸し出しには罰金が科せられることとなった。

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毎年、火災事故があった夜、
ビルの前には亡くなった犠牲者の遺族、友人、関係者たちが集まる。
慰霊のための献花台が設けられ、
犠牲者と同じ数である44個のロウソクが灯される。
道行く人々も手を合わせて通り過ぎる。

何も解決していないと言っても過言ではない歌舞伎町ビル火災事件。
時の流れとともに事件は次第に風化していった。
我々の記憶に留めていたのは事件後もそのままの状態で置かれたビルであった。
そのビルも取り壊され、今年の夏は祈るべき墓標すらない。

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娘が止めるのも聞かずに、上京して、
消息が長い間、取れず、
連絡を貰ったら、その死の知らせだった…。
そう話してくれた母親がいました。

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その母親はか細い身体で、毎年事故の日にはビルの前に立っています。
慰霊の日のたびに、会釈を交わします。


二度と繰り返すことのないように…。


SPA! 8/8号「報道されない未解決事件の“その後”」
…を取材ノートに基づき加筆。
(C) SHINSHUN / SPA! 未解決事件特別調査班


その時、私はどうしていたのか? 10年後の回顧

歌舞伎町のイベント
警官が数人で不審車両を取り囲んでいる。
シカトを決め込んだドライバーは下車しようとしない。
駆けつけた応援パトカーが不審車両の前後を挟む。
パトカーの赤色灯に誘われて野次馬が集まりだした。
交番警官が駆けつける。
彼らは野次馬の整理、不審車両からの距離をあけさせる。
もしかすると、ドライバ-が逆上して大暴れ?発砲?
そんな可能性もある。何が起きてもおかしくないのに…、
平和な顔で歌舞伎町のイベントを楽しむ酔客たち。
緊迫するほど大はしゃぎする若きリーマンたち。


『おいおい、携帯で写真撮れよ!』
『Ⅴサインしろ!Ⅴサイン』
パシャ!パシャ!
『この写真を売るか?売れるんじゃない?』
『おう!ナックルズとかマッドマックスとか』
『FRIDAYとかFLASHとかなぁ』
『売れるぞ、売れる』
『…もしかしたら、もう来てるんじゃない?』
『そうか?どいつだ?』
『テレビは来てないのか?』
『こういうのって現場を仕切っている奴とかいるんじゃない?』
『…まさかぁ』


その「…まさかぁ」は隣に居ますよ。…ほとんどの雑誌もいますよ。
あなたたちに気付かれるようじゃねぇ。

もちろんテレビも。

…んなわけで、そんな様子も盛り込まれた番組も製作中…。
近くなったら、お知らせします。
真実の日記
「真実の日記」~THE歌舞伎町~

http://www.ntv.co.jp/v-fever/

(ホントに近けェや)
新宿愚連隊伝説
新宿(じゅく)の帝王と呼ばれた加納貢先生がお亡くなりになって二年と少し。
当時の関係者や先生の「後輩」が集まっての「囲む会」が今年も開かれた。
昔話に華を咲かせて、無礼講でワイワイやる会だ。

毎年、参加するが、実に居心地がいい。
この会…当初は「万年東一を囲む会」であった。
万年先生は「帝王」どころか「愚連隊の神様」と呼ばれた人物。
その万年先生がお亡くなりになって、この会は「加納貢を…」に変わった。

そして…その加納先生も。


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それでも、毎年、開催されている。


実業家に転身された方や、リタイヤされた方、今では大親分…、
私のような裏系ライターなどの出版関係や映像関係以外の、
当時の関係者はジイさまばかり(失礼!…笑)

映画「実録・新宿の顔/新宿愚連隊物語1&2」
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD30585/comment.html
…の登場人物の御本人たちである。

ところが、このジイさまたちが実に元気がいい。
昔話が弾んでくると、戦後の愚連隊の目に変わってくる。
まだまだ、枯れそうもない男ばかりである。
……かなわないなぁ。

私もこんなジイさんになってやろうと…決めている。

延々と続いて欲しい会である。

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ケ・セラセラ愚連隊 ~痛快!戦後裏街道史~ 塚原晃 著
(ジイさんのひとりで~す! お世話になってます)
「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在
監修・取材コーディネートをさせていただきました。
……観てやってください!

「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在
http://www.ntv.co.jp/v-fever/

(日本テレビ系列・深夜 放送時間変更の可能性もありますので番組表にてご確認ください)

#1 2006年9月9日(土)
#2 2006年9月16日(土)

(番組紹介HPより)

あなたが「真実」だと思っているものも、
視点を変えれば、そこには、また違う「真実」が存在する。
これは、立場や考え方の違う当事者たちが、
それぞれの視点から見た「真実」を記した日記である。

「真実の日記」今回、2週にわたってお送りするテーマは、「新宿歌舞伎町の現在」。

アジア一の繁華街、新宿歌舞伎町に異変が起きている!
街から人は減り、ビルのテナントは借り手が見つからず、何も書いてない看板が目立つ。
一体、歌舞伎町に何が起きたのか?

暴力団と外国人が、歌舞伎町を「怖い」「危ない街」にした!
「浄化作戦」によって、歌舞伎町独特の猥雑さがなくなった!
真っ二つに意見が分かれる、街の住人たち。

歌舞伎町は、どこへ向かうべきなのか!?
その真実を探るのは、3人の住人たち!

歌舞伎町の裏の裏まで知り尽くす、中国人の「歌舞伎町案内人」李小牧
理想と現実の狭間に揺れる「カリスマホスト」手塚真輝
歌舞伎町で生まれ育って25年「歌舞伎町のサラブレッド」杉山文野

3人の住人たちの「日記」が、歌舞伎町の「真実」を伝える!

「ホスト」「外国人」「ヤクザ」
歌舞伎町を構成する住人たちの、知られざる実態とは!?


「新宿愚連隊」「ホストの帝王」
古きよき時代を知る、伝説の住人達が語る「歌舞伎町の本当の魅力」とは!?

「孤高の天才女彫師」
「ガン患者を救った魂のシャンソン歌手」
この街だからこそ生まれる、数々の人間ドラマ!

そこには、一体どんな「真実」が隠されているのか!?
そこには、きっと貴方の知らない歌舞伎町の姿が見えてくるはずです!
[「真実の日記」 新宿歌舞伎町の現在]の続きを読む
歌舞伎町にゲソを漬けた日 (あえて漬けたと…)
モノには変って良いモノと
            変わって欲しくないモノがある。



新宿歌舞伎町では次々と新しい商売が生まれる。
住人の顔ぶれも目まぐるしく変わる。
まぁ、それは変わっていいだろう。
この街が混沌としたエナジーとバイタリティの街だからだ…。

しかし、それを認めつつも、絶対に変わって欲しくないモノがある。

街の「景色」となったモノたち、
「顔」となった人間たちである。

よく利用させてもらう歌舞伎町の有名喫茶店である「パリジェンヌ」「上高地」そして、職安通りの「ニュー山」が、示し合わせたように同時期に閉店またはリニューアルした。

「パリジェンヌ」は喫茶コーナーを4分の1にして
(それでもソノソコの広さの堂々とした喫茶店だろう)
おしゃれな食材の並んだ明るい食品スーパーに変わり、
現在は薬物…いや失礼、ドラッグストアになった。

表歌舞伎町の中心がコマ劇場前広場なら、
裏歌舞伎町の中心は多くの凶悪事件の舞台となった風林会館周辺だろう。
この店は間違いなく世界じゅうのドコよりも危険で不幸な喫茶店だった。

そうした場所に新たな歌舞伎町の「顔」が出来た。
存続すれば、歌舞伎町が様々な住人や色々な商売を飲み込んできたように、数年後には…この薬物ストアもいつかは歌舞伎町になくてはならない「景色」となることだろう…。



さて、私が歌舞伎町にゲソを漬けた日のことを書こう。
…以来、ドップリ漬かってしまったので…あえて、漬けたとさせてもらいます。


芸人あがりの構成作家くずれ(クズですネ)で、フラフラしていた20代の頃(まだ「不夜城」もあった頃)
この街に「生活」を求めたワタシは、真夜中の「パリジェンヌ」で、某親分の紹介を受け、面接先の責任者と待ち合わせた。

注文もせずに待っていると、相手の責任者は電話を寄こした。
レジ兼電話交換係のオバさんに店内放送で呼び出され、慌ててピンク電話に飛びついた。
店内に「散在」という表現がぴったりの街の住人たちの全ての目が、立ち上がったワタシに一斉に向けられたような気がした。
この時間のこの場所では明らかに異質の存在のワタシは非常に心細かった。

『遅れるので待っていて下さい』
電話の向こうで相手は言った。
………そして、そのまま忘れられた。

まだウブだったワタシは、そんな事にも気づかず、田舎の喫茶店なら食事ができる値段のコーヒーを仕方なく注文し、言われたまま夜明け近くまで待ち続けた。

偶然、ワタシに口を利いてくださった親分が、
数人のホステスとボディーガード風の若い衆を引き連れ、
閉店間近の「パリジェンヌ」に入ってきた。
親分はワタシを見つけると、店内に響き渡るほどの迫力のある声で、
『面接はどうだったかい?』と手招きをした。

ワタシは親分のテーブルに駆け寄った(広かったなぁ…)。
恐る恐る『実は…』と事の次第を告げた。
親分の顔が一瞬にして変わった。
親分は巨漢のボディーガードに向かって、ほんの少しだけ顎を動かした。
巨漢の若い衆は無言で公衆電話に向かった。
 
十分後…、
ふたりの若い衆が店内に入ってきた。
彼らは白いワイシャツを血で染めた水商売風の男の両脇を掴んでいた。
若い衆は親分に大声で挨拶をし、ワイシャツの男を蹴り飛ばした。
男はそのまま親分の前に土下座した。

『相手が違うだろ…』
親分はそう言った。

その相手とはワタシの事だった。
雇っていただくはずの相手が、面接される側のワタシに土下座している……。
『さぁ、面接を受けろ!』
親分は笑顔でワタシに言った。

『え~~~~~~~~~~~~っ!』

…これがワタシの「パリジェンヌ」初体験の思い出だ。


それから20数年後
新生「パリジェンヌ」では、我がもの顔でアイスコーヒーを啜り、
「あ、ども!」
「元気?」
…と多くの顔見知りに挨拶し、挨拶される、歌舞伎町の古株住人になった私がいる。


さて、後日談だが、その親分は歌舞伎町で、
いや…全国組織の最高幹部になられ、数年前にお亡くなりになった。

カメラが趣味で、思い付いたら独りでフラリと写真を撮りに旅するような方で、歌舞伎町の住人の誰からも愛され、その死を惜しまれた名物親分だった。



最近、私を面接しなければならなかった血みどろの店長に取材で出会った。
今や歌舞伎町でも有名なキャバクラチェーンのオーナー社長だ。
彼はこの時のことを鮮明に憶えていて
『へぇ、そうなの? …だったんだ。本読むよ。買うよ。何十冊と持っておいでよ』と喜んでくれた。

彼はこうも言った。
『あの時は俺が悪い。親分の人柄を考えずに、どうしようもないチンピラでも押し付けられるのかと思って、話半分のいい加減だったからなぁ…。あの親分にはそれ以上に世話になってるくせになぁ…』

そう言って親分を想い出すかのように沈黙した。


たしかに、私はどうしようもないチンピラでした。
そのチンピラは残念なことに、
その親分の話をうかがって、執筆することは叶わなかった。



…… 極東会会長代行 極東眞誠会会長 池田亨一親分。


最後に会ったのは姐さんと伊勢丹の地下、食品売り場。
買い物の休憩中だった。
親分はグレープフルーツジュース。姐さんはソフトクリーム。

……昨晩、なぜか? あの時の親分の夢を見たのである。






追記:パリジェンヌの「ラーメン」はなぜか?めちゃくちゃ旨い。
なぜに?喫茶店でラーメン…? 
なぁんて思わずに騙されたと思って食ってみてください。
…あ、騙されたと思うかも。

妙な柄のシャツでラーメンを食っている怪しげな男がいたら、
それは私です。
お気軽にお声をお掛け下さい。



ガウッ!
新しい餌
昨夜、歌舞伎町でホストクラブの一斉立ち入りがあった。

『警視庁保安課などは21日、風営法に基づき、東京都新宿区歌舞伎町のホストクラブ数店舗の一斉立ち入りを実施し、同法違反(無許可営業など)の現行犯で、店長ら数人を逮捕した。歌舞伎町にはホストクラブ約200店が集中しているといわれ、同課などは、暴力団にみかじめ料を払っていないかや未成年者に酒を出していないかなどの実態解明を進める』

これがその報道。

ネオン街のグレーゾーンは、
元々、ダミーの名義人を置いているケースが多い。
売れっ子ホストが数年で店を持つ。
アブク銭が入ることを覚えた
童話のキリギリスのような成り上がりホストが、
コツコツと金を貯めて店を持つなんてのは…。
青年実業家…ないない。単なる看板。

…今回の摘発、はっきり言うと
情報は漏れていた。

営業を取り止めてシャッターを下ろしていた店はなかったか?

新聞報道で、この摘発が風営法違反だけの摘発ではないことは
誰にでも理解できよう。
私の耳に入った「やるよ」という情報は、
警察関係者からではない。
その本当の目的から聞き及んだ。
いつもは「…らしいんだけど、何か聞いてない?」
しかし、その男は言い切った。

もしも、その情報源が面倒をみている店があるのならば、
その店は助かっていると言うわけになる。

歌舞伎町の浄化を「搦め手」で推し進める。
外人の摘発もホストも摘発も実は間違いではない。
弱いものイジメだと批判することもあるが、
たしかに「芽」を摘んでいるからである。

例えば……、
当局は不法就労の外国人ホステスや風俗嬢の摘発を徹底的に行なった。
弱いものイジメではないか!・・・との声もあった。
外国人犯罪集団の経済の基盤はオンナだ。
オンナがネオン街で金を稼ぎ、基盤を築く。
そこに男たちがぶら下る。…そして
それが「芽」である。
批判に耐えて彼らはやった。
ホストたちも同じである。

違法風俗も不良外人も消えた歌舞伎町。
…本当にそう思ってますか?
しかも、最大のアンダーグランドには手が出せないでいる。

上層部は浄化の成果を誇らしげに発表してはいるが、
「表面上は静か、実は潜っている」
「歌舞伎町のヤクザ事務所もヤクザの数も実は増えている」
「摘発や規制が新たな犯罪と犯罪手法を生んでいる」
「あれもダメ、これもダメ…。捜査に制約が多い」
関係者のここだけのため息交じりの耳打ちです。

不祥事、癒着、モラル…。

「一罪一逮捕一勾留の原則」と
「再逮捕再勾留禁止の原則」というのがある。

風営法違反容疑ならば、風営法違反についてのみ捜査取調べが出来る。
他の容疑ならば、別の手続きが必要である。…ってことでいいのかな?

とりあえず、捕まえて、ネチネチと脅して、
飴と鞭で、他の事を吐かす。情報を聞き出す。
…報道にはそう書いてあるではないか(笑)

なんとまぁ…時間の掛かることである。
その時には何も無い。
すでに消えているか、形を変えている。

昔はガツンといった。
とっととやった。

現場の警察官の苦労やストレスは誰も知らない。
だから、こういうことにもなるような気がする。

……まぁ、とにもかくにも、新しい餌はホストクラブってことですよ。

頑張れ!お巡りさん! 頑張れ!歌舞伎町!
[新しい餌]の続きを読む
歌舞伎町発!
ある商品のパッケージ・・・といっても、それは缶飲料、
何気なく眺めていると、ジ~~~ンとなってしまった。

伊藤園のウーロン茶である。

25th! 1981年、世界初のウーロン茶飲料として発売以来、ご好評をいただいています。…だって!

日本初のウーロン茶として25周年!…らしい。

その昔、伊藤園の本社は歌舞伎町にあった。
歌舞伎町の裏口として現在はコリアンタウン化している職安通り。
その本社から、夜な夜な歌舞伎町に降臨する人物がいた。
カバンには大量のウーロン茶。
まだいらっしゃるのだろうか?
当時は副社長だったAさん。

彼の行きつけの店からウーロン茶は広まった。

お茶なんてタダっていう時代だ。
缶のお茶? んなもん沸かせばいいじゃん!
ミネラルウォーター? 高級クラブでくらいしかお目にかからない。
当然、水もタダ。…水道水って時代だ。
コンビニの冷蔵ショーケースに「水」が「お茶」並ぶなんて信じられない。

そんな時代に、そのAさんは売りまくった。
まるでダンプカーのような方だった。

行きつけの店だから、なかば脅迫。
店も大事なお客さんを失いたくないから、仕方なく・・・・・・。

ところがこれがハマッタ。
理由はその色!
当時はウイスキーやブランデーの全盛期。
高いお酒の代名詞は、ジョニ黒にレミー。
お酒の飲めないホステスさんに馬鹿ウケ。

かくして、夜の世界からウーロン茶は広まっていった。
それも、歌舞伎町から・・・・・・。

そんなこんなで伊藤園のウーロン缶を眺めていて、
妙にシンミリしてしまったのは、
私の歌舞伎町デビューと伊藤園のウーロン茶は
同時期なのであるからだ。
私とウーロン茶は同期なのです。
なんせ、Aさんに押し付けられた張本人でもあるわけなのですから・・・。
ううううう…25年、そんな無意味な年月がぁ。早っ!


ところで伊藤園といえば「お~いお茶」!
告白します。
……と、言っても、
伊藤園のある人物はこのことを知って大笑いしましたが・・・。
「お~いお茶」の俳句コンテストちゅうものがある。
缶やペットボトルの横に受賞作が印刷されているので、
一度くらいは目にしたことがあるだろう。

この俳句コンテストに、当時、小学生だった姪っ娘の名前で応募して、
な~~~んと、グランプリを取ったことがあります。
受賞作品は、そういう理由で明かせませんが・・・・・・、
申し訳ないので、当時のお馬鹿ボツ作品を。
(こんな作品を送るかぁ!)

「お赤飯、お姉ちゃんまでも、まっ赤っか」

(エロ親父じゃありませんよぉ! あくまでも小学生の視点です!)


ところで、当時の高級ブランデーの絶対的人気のレミーマルタンが、
へネシーに押されて、いつのまにか逆転しました。
(こういうところのボトルの売上や選択は、味だけではありませんからね。…見栄。当時はレミがブランドでした。)

これは、Sさんという優秀な営業マンが、
銀座、赤坂、歌舞伎町…と駆け回り、
頭を下げ続け、通い続け、
店の従業員と仲良くなって、勝ち得たのです。

「お客さん、レミよりヘネシー…いかがです?」
「私ぃ、へネシーがイイなぁ!」
彼は、努力の末に、何百何千という確実な営業マン&ウーマンを手に入れたのです。

伊藤園のAさんといい、このSさんといい…
猪突猛進のエネルギーを放出するような営業マンはいなくなったなぁ。

Aさんはお元気でしょうか?
まだ、ドジョウすくいは……踊っていますか?

Sさんもお元気ですか? ←ちなみにドンペリの流行もこの人!



若き営業マンよ! こういう男たちもいたんだ! 頑張れ!
[歌舞伎町発!]の続きを読む
歌舞伎町でモノホンの銃を売ってます!
歌舞伎町で“銃”が買える!
…と言われても、「だから?」と思われるかもしれない。

どうせ、アンタのことだから、
どこかの組織や中国マフィアが売っている…なぁんて言うんでしょ?

いいえ!

じゃあ、こういえば「へぇ~~!」でしょう。
“歌舞伎町では銃が買える店がある!”

・・・どうだぁ!

歌舞伎町に正式に銃が買える場所があります。
警察の不用品バザー? …まさかぁ!
暴力団の密売でも警察の横流しでもありません。

実は歌舞伎町にはちゃんとした銃砲店があるんです。
東京銃砲・・・現在はTFCという社名になっている。
メディアの世界でTFCといえば東北新社ですが、
歌舞伎町でTFCといえばここ!
鉄砲業界(?)では老舗の有名店である。
射撃大会なんかも開催している。

kanban.jpg


歌舞伎町の住人たちにセントと呼ばれる通り。
「歌舞伎町セントラルロード」
改名前は「歌舞伎町中央通り」(英語かよ!)
その通りにある銃砲店が「TFC」である。
かつては一階に堂々と店舗があり、銃がディスプレイされていた。
現在はビルの7階にショールームがある。

扱う品物は空気銃に散弾銃、ナイフなど・・・。
当然、実包もあるはず。

ということで、場所が歌舞伎町ということもあるのか?
そのビルはゴツイ鉄格子とまではいかないのだが、
金属製の格子に囲まれている。
…というか、包まれている?
いや、鉄格子の中にビルがある。
間違いなく盗難や強奪防止であろう。
ヤクザの大抗争なんかになった場合に、
銃器が現地調達できるとなれば、実にヤバイですからねぇ…(笑)

BLD02.jpg

~細かい鉄の格子に囲まれたビル~

ところが、その難攻不落のビルが妙な事になっている。

東京銃砲が店舗を7階に移してからは、一階はうどん屋となり、
その後「とれとれ市場」というUFOキャッチャーの店となった。
その「とれとれ」が閉店した。

そのあとに入ったテナントが、改装工事を始めたのでった。
工事は昭和を思わす木造住宅風の改装・・・。

なにが出来るのだろう?・・・と思っていたら、
「築地海鮮酒場・まみれ屋」であった。
築地直送の新鮮な海鮮類に地酒や焼酎を楽しむ海鮮酒場である。

BLD03.jpg

~よく見ると木造部分はコンクリート製だったりする~

一階は中古木造風、二階から上が鉄格子!
実に妙なビルになってしまった。

例えれば、上半身が西洋ヨロイで下半身がモンペですね。
歌舞伎町にお遊びの際は是非とも見てやってください。

BLD01.jpg

~ビルの全体。ちなみに写りこんでいるのは歌舞伎町現役ヤクザ~

ヤクザA 『おい!神峻!何を撮ってるんだ?』
神峻 『・・・・・・ビル』
ヤクザB 『なんで?』
神峻 『ここで銃を売ってるんですわ』
ヤクザA 『おおおお!俺たちにも買えるか?』
神峻 『・・・無理』
ヤクザB 『じゃあ…そんなビルなんか撮らないで、俺たちを撮れ!』
神峻 『ブログに出すよ』
ヤクザAB 『おおおおお!出せ出せ』
神峻 『・・・・・・』
ヤクザAB 『で、ブログって何?』

・・・出してしまいました。しかも無修正で(笑)
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NYっ子も驚いた! 写真家・渡辺克巳 ニューヨーク個展
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歌舞伎町写真家である故渡辺克巳氏の写真展覧会が連日長蛇の大好評である。

~日本最大の歓楽街・歌舞伎町のアメイジングとエキサイティング、
                    ・・・・・・そしてWATANABEの写真は驚きである~


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Gangs of Kabukicho: Watanabe Katsumi

11/9~12/22 NY Andrew・Roth ギャラリー
Andrew・Roth inc 160A EAST 70TH STREET NY


http://http://www.andrewroth.com/index.html

現地に赴いた写真家・タカザワケンジ氏の報告では、展示作品をサンフランシスコMOMAが買い上げたそうで、これは日本人写真家として素晴らしい評価であるとともに大快挙であると言える!

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神峻ブログ内 ~渡辺克巳記事~
http://shinshun.blog47.fc2.com/blog-entry-7.html


タカザワケンジ関連

~公式HP アルカリ~
http://alkali.gooside.com/
~主宰・写真情報サイト scanners~
http://scanners.gooside.com/
~作品サイト 東京バブルス~
http://blog.goo.ne.jp/tokyo_bubbles/

==========================

流しの写真屋 渡辺克巳 [01] タカザワケンジ
「N.Y.2006『新宿群盗伝 66/73』からN.Y.へ」



12月20日に発売される「日本カメラ」で、友人のフォトグラファー&ライターのタカザワケンジ氏が「流しの写真屋 渡辺克巳」とタイトルされた連載を開始いたします。ニューヨーク、渡辺さんの郷里でもある盛岡、そして・・・新宿。渡辺氏の生の軌跡と視点の秘密を追い続けた力作です。是非ともお読みください。

http://www.nippon-camera.com/



==========================

写真家・渡辺克巳氏に関するお問い合わせ

~歌舞伎町ペンクラブ~
http://www.kabukicho.biz/penclub/top.html


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天国のナベさん!世界が認めましたよ!


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歌舞伎町極道専用理容室!
極道バーバー! 世界で一番危険な理髪店!

『もーすと・でんじゃらす・カブキチョー・ばぁばぁ~~!』


===================

歌舞伎町には歌舞伎町ならではのお店がある。
この店もそうだ。
裏系住人なら誰もが知る店だ。
歌舞伎町の猥雑な路地の猥雑なビルにその店はある。

どうしても、いつかはこの店を取材したかった。
「ヤクザ御用達理容室」「極道バーバー」
取材を受けてくれるわけが無い!
「二度と来るなぁ!」と塩を撒かれるのがオチであろう。
・・・そう思っていた。

取材したあるヤクザ幹部がその店で髪を切ると言う。
『俺!お供します!』 (ヤッタ!)

三人の職人さんが手際よく黙々と髪を切っている。
話を切り出すタイミングを推し量っていた。

客の一人が私に気が付いた。
あるビルオーナーである。
『なんだよ? 取材か? ヤクザ理容室か? ははははは』
『ドキっ!』 (あちゃあああ・・・言うなよ!)
『こいつ、歌舞伎町広報部なんだよ。取材させてやれよ』
『・・・・・・』 (・・・終わった?)

ところが、これが良かったのである。

涼しげな顔をした(この街で商売しているのだ。さすがに達観している)店主の一人が笑う。

『・・・いいよ』
『じゃあ!宣伝になるように書きますから』
(・・・なるわけがない)
『そんなもの必要ないよ(笑)』

・・・・・・完全に見透かされていた。

『極道理容室って書きますよ?』
『・・・いいですよ(笑)』
『ホントに?』
『ホントに。でも、アンタ、面白いねぇ』

こんな取材依頼がくるとは思わなかったと笑う。
もっと早く来るんだった!


==========================


歌舞伎町は全国一のヤクザ激戦区である。
そんな街に知る人ぞ知る名物床屋が存在する。
一般客ほぼ皆無というヤクザ御用達の理容室として、
歌舞伎町の裏系住人たちには広く知られた店であった。

『私たちは先代から店を引き継いだ弟子なんです。弟子の三人が共同経営する店です。だから他の街を知りません。先代の経営していたこの店で、洗髪をし、雑用をしながら、理容師免許を取りました。特別だとは感じないんです。ただ、他を知る店員は驚いて辞めていきますけどね(笑)』

長年この街を見続けた職人のひとりは笑う。
酒と女が最大の売り物である歌舞伎町に、
わざわざ調髪に来る客はいない。
…なのに、連日の大繁盛。
待合いベンチの書棚は見事なくらいヤクザ専門誌で一杯だ。
この書棚が大繁盛の理由を物語る。

『思いっきり怖くしてくれ・・・って注文が昔はありました。ヤクザの好む髪型も変わりましたよ。今はヤクザに見えなくしてくれって(笑) パンチパーマ全盛の頃は今日もパンチ、明日もパンチでねぇ。死にそうなくらい怖い思いもしましたよ。揉み上げが左右違ったら、その分、指を詰めるぞ!と脅かされたり、対立組織同士がいきなり店内で掴み合いを始めたり・・・。ヤクザは男を売る商売ですから間違いなくオシャレです。髪型が気に入らないと拉致されたこともあります。組事務所で恫喝されていると先代が慌てて助けに来てくれました。でも、その組の親分が髪を切りに来た際に、若い衆が迷惑を掛けたと大金を置いて帰りましたよ』

そういう事件がいくつか重なり、
いつのまにか、「あの店には迷惑を掛けるな」
・・・という歌舞伎町の掟のようなものが出来上がったらしい。
以来、業界の揉め事や争いなども持ち込まれることは無くなった。
・・・しかし、

『抗争している組織同士がたまたま隣の椅子に座って、鏡越しに睨み合って互いに眼を外さない。私たちは髪型どころじゃないですよ。調髪していると大きな刀傷を見つけてゾッとしたり、ある幹部の長髪をバッサリ切った際には、頭頂部にとぐろを巻いた大きな蛇の刺青が出てきて、これはビックリしましたねぇ』

怖いことだけでなく、嬉しいことも多いと語る。

『東映のある役者がひょっこり訪ねてきて、今度ヤクザ映画に出演するから、本物の髪型(?)にして欲しい。以来、常連です』

過去に関わったいくつかの書籍や雑誌・・・、
私は待合室のこの本棚に助けられたのかもしれない。

『ある任侠劇画の先生が著書を全巻寄贈してくださいまして、待合室は極道図書館、資料室のようになりました。親分が続きを読みたいから借りて来い! ウチは床屋で、貸本屋じゃないんですから(笑) そんなこんなで無くなると補充していただいて・・・』


歌舞伎町で様々なヤクザ人生も見た。


『罪を犯して出頭するから、その前に身綺麗にしたいと言う。そういう侠は正直に罪を認めて直ちに刑に服す。何日か後には坊主頭になるのに…と思いながらも、ヨシッと気合いが入りますね。しばらく刑務所に勤めて戻ってきた侠が以前の髪型に戻す。ああ…戻って来たんだなぁと、感慨深げに言葉にされ、ジーンと来たこともあります』

そうした刑務所の侠たちから手紙が届くこともあると言う。
『俺が戻るまで店は閉めないでくれ』 
・・・大きな励ましになると微笑む。


『風呂屋と床屋、人様の体を綺麗にしてくれる商売の職人さんたちには心付けを置くものだ。そういう嬉しいことを言う昔気質の親分もいます。ヤクザ御用達で大いに結構です。たしかに私たちはこの街で口うるさい客に囲まれているかも知れません。それも床屋の修行ですよ。でも、それ以上に彼らに人間の修行をさせてもらっているような気がしますね』


ここは、歌舞伎町ヤクザ御用達理髪店、
何が悪い! 男たちは大きく胸を張った。


 ~『ヤクザ専用散髪屋』を加筆修正~
(C)SHINSHUN 実話マッドマックス/コアマガジン


==========================


※ お客に迷惑が掛からないように閉店時間に取材訪問した。・・・しかし、夜の街・歌舞伎町。ヤクザな人たちは夜型だった。待合ベンチにまで溢れている。わずかなカタギ客への配慮もあるのだろうか? 我々は待っていた。・・・ところが、お客様各位様・・・「こいつら何?」 事情を知ると「面白えぇ!俺、出るぞ!」「俺も撮れ!」「刺青を出そうか!」と、大騒ぎ。かくして期待もしなかった超極道バーバーに!


・・・と、いうわけで、こういうグラビア記事になりました。

YAKUZASANPATU.jpg

そのグラビアは文章以上のインパクトがあります。
私はその完成ゲラに手を叩いて喜びました。いやぁ!最高!


・・・みんな、この店が好きなんだなぁ。店主の皆さんをはじめお客様各位様、シャレが分かる人は大好きである。皆様、ご協力ありがとうございました 


※ ・・・で、どこにある、何という店かって? 探してみてくださいな(笑)
・・・安くしてくれるかもよ。

あ・・・、床屋は月曜日が休みですよ(笑!)
歌舞伎町案内人・・・?
「歌舞伎町案内人」で有名な李小牧氏は、
東京モード学園でデザインを学びながら、
高田馬場の日本語学校に通っていた。
住まいは当然、高田馬場。
新宿より家賃は安いもんね(笑)

・・・で、アルバイトを探したのが、
日本での最初の地元である高田馬場。
残念なことに採用されなかった。

そこで、もしも・・・採用されていたら、
彼は「高田馬場案内人」になっていたはずだ。

・・・う、売れそうにない(笑)


世の中って意外とそんなもんだ。

『歌舞伎町は素晴らしい!』

==========================

ところが最近は、この高田馬場案内人(?)よりも、
息子の晃ちゃんの方が有名だ。
晃ちゃんって誰かって? 
公園のヤンママやキッズに聞いて御覧なさいって・・・。
息子はサイン攻め、親父は交通整理(笑)
不夜城の光と影 ・・・を見た記者
不夜城の光と影
~歌舞伎町は生まれ変わるのか!?~


【浄化作戦・表面的には成功だが・・・】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061216_01.htm


【図太く生き残る悪魔】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061216_01.htm


【浄化の結果、裏にもぐり】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061216_03.htm


【怪しい黒人客引きの店に潜入!】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061216_04.htm



不夜城の光と影・2
~歌舞伎町は生まれ変わるのか!?~

【誰かが血を流す懸念】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061222_01.htm


【決起集会ホスト強制動員】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061222_02.htm


【違法風俗浄化作戦の最終目標は・・・】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061222_03.htm


【エンタメランド化を目指す!】

http://www.zakzak.co.jp/tsui-sat/tsui/20061222_04.htm




・・・・・・・(I)記者様、拝読いたしました。お疲れ様でした。
歌舞伎町の今に何を感じたのか・・・にじみ出ています。
問題提起のひとつとなり歌舞伎町が良くなりますように!

この記者さん、向こう見ずで、怖いもの知らずなんですよ。
・・・・・・でも、必ずビビる。
無茶な場所に潜入して・・・
『あの店に行ってみた!』
『ええええ!』
『あのタチンボに捕まってみた』
『・・・・・・』
『無届のデリヘル嬢を呼んで話を聞いた』
『危ねぇ!・・もうヤメなよ!』

最初は危険察知能力のないアホかと思いました。
ところが報道魂と知り、驚愕!
(私でも無理ですから!)
話を聞くだけでなく、その全てを自分で確認する!
嘘は書かない。自分の目と耳だけを信用する。
いやはや、感服。
・・・勉強になりました。

・・・ところで、危険・残業手当は出ましたか?(笑)
ホストクラブのあるべき姿
以前の記事で書いたが、
歌舞伎町でホストクラブが槍玉に上がっている。
未成年客問題、脱税、レイプ事件、風営法違反・・・・・・。


・・・ある書籍のコーディネートで一軒のホストクラブを訪ねた。
『営業は早朝六時半からです』
そう言われて出直すことにした。
風営法の取り決めで、夜明けから深夜一時までの営業しか認められていないからである。


親父ひとりではみっともないし、
正直言って、ホストクラブは好きではないし、
間が持たないような気がしたので、
ひとりの女性を誘った。
彼女も『行ったことがないので、ホストクラブに行ってみたい!』
・・・と言う。

『先ほどは失礼いたしました』
ほぉ~~~、顔を覚えていましたか?
『お席にご案内させていただく前に、当店のシステムをご説明します』
初回料金5千円だと分かっているのにシステム説明かよ!

ところが、エントランス係の青年の説明が巧いというか、
スマートで頭に入ってくる。(普段の取材はフンフンフン!)

同伴したというか? された女性に、
『失礼とは存じますが、身分証明書をお持ちですか?』
・・・年齢確認である。親父が連れてきたのは22歳。
まぁ、未成年に見えないこともない。・・・ない!
・・・で、何で俺には聞かない!(見るからに親父だから当たり前)

・・・テーブルへ、
彼らにとってアベックは苦手のはずだ。
まずは、その関係を探ろうとする。
(残念ながら、そんな艶やかな関係ではない。下心はアリアリなんだが)
しかし、そんな質問や素振りすらみせない。
実にスマートで嫌味のない接客なのだ。
その青年は入店4日目だと言う。

代表が挨拶に来た。
以前、テレビ番組で一緒になった若き代表は、
彼らに怪しい私を巧みに紹介すると、
会話のヒントや方向性をさりげなくまとめて
『・・・ごゆっくり』
と嫌味なく席を立つ。
さすがはカリスマ! 夜のロハス!(どういう意味でしょうか?)

※ LOHAS(ロハス、ローハス): Lifestyles Of Health And Sustainability (健康と地球の持続可能性を志向するライフスタイル)の略。健康や環境問題に関心の高い人々のライフスタイルとされる。


初回料金のフリー客(ましてアベック)
(本当は振りの客というのが水商売用語として正確)
粗末にするどころか、次々と出勤してきたスタッフが
必ず『いらっしゃいませ』と丁寧に頭を下げてゆく。
不思議なことに会話を遮らない。

実はこの店は条例を守ってキャッチを一切、街頭には出していない。
ホストクラブにとっては売り上げを大きく左右するであろう。

時間制で話が弾んで延長してしまった。
・・・しかし、約束の料金であった。
話のコシを折らないという配慮であった。

私は歌舞伎町で最大最高級と言われた会員制クラブの店長を10年勤めた。
その期間に使った女性スタッフは2千人以上。
水商売本の書籍や劇画にも関係している。
そういうドラマやドキュメントの監修や知恵袋も勤めた。
古くなりつつある業態ではあるが、業界では知られた存在であった。

・・・・・・笑い話もある。
ミーティングでメモまで取る真面目な女性がいた。
ある日、彼女は私を呼び出すと怒り声で言った
『私! 店長のことを尊敬していました! 見損ないました! 店長の話すことは、全部この本に書いてあるじゃないですか! パクリですか!』
私は彼女が叩き付けた一冊の接客マニュアル本を見てニタニタ・・・。
『何が可笑しいんですか!』
『・・・・・・だって、それ、俺の本だもん』
『へ?』
ペンネームの名刺を出すと彼女は、奥付の名前と見比べ目を丸くした。
・・・可笑しかった。お店に内緒の副業でした。
そんな勉強熱心な彼女は、その後・・・売れっ子ホステスになったことは言うまでもない。

・・・んなことはさておき、
そんな過去を持つ私は・・・うなった。
完璧なのである。
従業員教育が徹底されていることが分かる。
自分は過去にここまでやれたか?
・・・否!

・・・楽しかった。
・・・・・・気持ちがよかった。
・・・・・・・・・実にいいものを見た!
女性同伴ならホストクラブも悪くない。

彼らはビルのエントランスまで見送りに出てきた。
『また、来ます』・・・久しぶりの本音で答えた。
(又来るといって行かないキャバクラの多い事)
数十メートル歩いて、同伴女性に言った。
『さりげなく振り返ってみろ』
『・・・え?』
『・・・いるか?』
『・・・手を振ってる』
彼らはそのまま見送っていた。
私が振り返ると深々とお辞儀をした。
結局、彼らは我々の姿が見えなくなるなるまでそこにいた。

害虫のように忌み嫌われている現在の歌舞伎町のホスト業界、

これがホストクラブの本来あるべき姿!
・・・いや未来の姿。
全ての答であるような気がした!


あえて店名は臥す。

これは宣伝ではないし、
歌舞伎町がどういう状況になろうとも、
この店は、必ず生き残り、
必ず売れるであろうからだ。

22歳女性が別れ際に言った。
『・・・他とは違うね』
『・・・だな。・・・ん? ・・・お前!・・・初めて、・・・行ってみたいって』

・・・い、行ってんのかよ~~~~っ!(←かなり深いエコー&リバーブ)

あぁ・・・、お母さん、また、騙されました。
なにが2千人の女性を・・・だ! とほほ。
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